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心理学ってなんだろう

鏡に映ると左右が反対に見えるのはなぜ?

よく「鏡の中では左右が反対になって見える」といいます。でも,上下が逆さになって見えることはありません。上下は反対にならないのに,左右だけが反対になるのはなぜなのでしょうか。「鏡の中では左右が反対になって見える」なんて,誰もが知っていることなのに,なぜそうなるのかについては定説がない,と聞きました。それは本当なのでしょうか。



A.高野陽太郎

はい,本当です。「鏡の中では左右が反対に見える」ことを「鏡映反転」といいます。この鏡映反転の理由については,プラトン以来,二千数百年にわたって議論が続いてきたのですが,いまだに定説はありません。


なかなか答えが定まらなかった理由は,誰もが「鏡映反転は1つの現象だ」という思い込みをもっていたことでした。実は,鏡映反転は1つの現象ではなく,3つの別々の現象の集まりなのです。


まず,鏡に映った自分自身の左右が反対に見える理由と,鏡に映った文字の左右が反対に見える理由とは,全然違っています。


左手に腕時計をして,鏡に向かってみましょう。自分自身の視点から見れば,鏡の中の自分がしている腕時計も「左」のほうにあります。実物の腕時計も「左」にあるのですから,左右は反対になっていません。


しかし,鏡像(鏡に映った自分)の視点から見るとどうでしょう? 鏡の中で腕時計をしているのは,鏡像の「右手」です。実物の腕時計は「左手」にしているのですから,確かに左右が反対になっています。つまり,自分自身の場合は,鏡映反転を認識するためには,鏡像の視点をとることが不可欠なのです。


文字の場合は,そうではありません。たとえば,「C」という文字を紙に書いて,鏡に映してみましょう。開いている口は「左」に見えます。私たちが憶えている「C」の場合は,口が「右」にあります。確かに,左右が反対になっています。しかし,このとき,私たちは鏡に映った「C」の視点から左右を考えたりはしていません。あくまでも,自分自身の視点から左右を判断しているのです。


鏡像の視点をとるかどうかは,自由にコントロールができます。もし鏡像の視点をとらなければ,左右が反対になっているとは思わないはずです。以前には知られていなかったことですが,私の研究では,だいたい3割から4割ぐらいの人が自分自身の鏡映反転を認識しないことがわかりました。


しかし,そういう人たちも,文字の鏡映反転は必ず認識するのです。鏡に映った文字を知覚したり,憶えている文字を想起したりするプロセスは,コントロールのきかない,自動的に起こってしまうプロセスだからです。


ほかにも,別の種類の鏡映反転がありますし,この問題は,見かけよりずっと奥の深い問題なのです。興味をおもちの方は,いずれ刊行する予定の拙著をご覧ください。



たかの ようたろう
東京大学大学院人文社会系研究科教授。
専門は,認知心理学。
主な著作は,Takano, Y. & Tanaka, A. "Mirror reversal: Empirical tests of competing accounts."Quarterly Journal of Experimental Psychology (in press)など。


心理学ワールド第36号掲載
(2007年1月15日刊行)