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人前で話をするときや,試験や競技の前に,なぜ“あがる”のでしょうか?

結婚式でスピーチをしたり,試験を受けているときに,“あがって”ししまい,普段の力が出せなくなったり,何もできなくなることがあります。なぜ“あがり”を経験するのかについて,心理学でわかっていることがあれば,教えてください。



A.有光興記

なぜ“あがり”を経験するのかについて,まずその機能的側面から説明します。人を含む動物は,脅威を目の前にしたとき,脅威に対して闘うか,逃げるために,生理的覚醒(胸がドキドキしたり,呼吸が速くなったり,汗をかくなど)が引き起こされるようになっています(「闘争か―逃走か」反応といいます)。試験やスピーチをしているときに,他者の反応や迫り来る結果を脅威に感じ,生理的覚醒が引き起こされ,“あがり”を経験すると考えられます。また,パフォーマンスを行う前に経験する“あがり”は,脅威に対する警告信号としての役割もあり,何らかの準備をするきっかけになります。


“あがり”によって,パフォーマンスを失敗するメカニズムについては,3つの学説があります。最も有名なのが,生理的覚醒とパフォーマンスが逆U字型関係にあるとしたヤーキーズ・ダッドソンの法則です。この説は,生理的覚醒が低すぎても高すぎてもパフォーマンスが低下し,中程度のときに最もパフォーマンスが高くなるという考えです。この学説は,さまざまな状況で確かめられましたが,あてはまらない研究結果も散見されました。そこで,不安を認知的不安,身体的不安に分け,前者がパフォーマンスに影響すると考える多次元不安理論が提唱されました。何かしているときに使える認知的な資源は限られていますが,プレッシャーがかかる場面では,“自信がない”“うまくいかないだろう”などと頭の中で考えてしまうことがあります(これを認知的不安といいます)。このように,認知的資源を認知的不安に割いてしまうと,集中すべきこと(試験や競技など)に資源が回らず,普段通りの力が発揮できないのです。さらに,これまでの学説は「いったん"あがって"失敗すると,時間がたってもパフォーマンスの水準が元に戻らない」というヒステリシス現象が説明できていないとして,不安のカタストロフィ・モデルが提唱されました。この学説は,認知的不安が低いとき(重要性が低いときなど)は,生理的覚醒とパフォーマンスは逆U字型の関係となるが,認知的不安が高いときには,生理的覚醒が一定以上に上昇すると急激にパフォーマンスが低下し,減少しても元に戻らないというもので,スポーツ場面で実験的に検証されました(図)。


“あがり”症に苦しんでいる場合は,悲観主義であるなど考え方に原因がある場合があります。ここでは詳しく述べませんが,“あがり”症の克服には,認知行動療法が有効であることがわかっています。



文献

有光興記(2005).“あがり”とその対処法 川島書店


ありみつ こうき
駒澤大学文学部准教授。
専門は,感情心理学,臨床社会心理学。
主な著書は,『対人関係のダークサイド』(分担執筆,北大路書房)など。


心理学ワールド第45号掲載
(2009年4月15日刊行)