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心理学ってなんだろう

ゴダードと家系研究 (カリカックファミリー)

サトウタツヤ
立命館大学文学部教授。


仕事柄,よくアメリカのクラーク大学に出かけます。スタンレー・ホールが学長を務めたこの大学では,ターマン,ゲゼル,ゴダードといった著名な心理学者が現れました。今回はその裏面史になります。



フランスでアルフレッド・ビネ(Binet, A.)の知能検査が発表されると多くの国で関心がもたれ,紹介・翻案がなされました。知能検査を必要としたのは教育学者・教師や医師でしたが,検査の作成には心理学者の技術が必要ですから,心理学者にそういう仕事が回ってきました。


アメリカで最初にビネの検査を翻訳・紹介したのはゴダードです(図1)。彼はクラーク大学のホールの下で博士号を取得し,ニュージャージー州のヴァインランド訓練学校に精神遅滞児を研究するための心理学実験室を設立したことでも有名です。


このゴダードは知能が単一の実体でありかつ遺伝するという立場に立っていたこともあり,ちょっと奇妙な調査を報告しました。ヴァインランド訓練学校に入学したデボラ・カリカックという女性の家系調査をしたところ,マーティン・カリカックという男にさかのぼったのですが,その彼は,独立戦争中に知能が低いとされる女性に子どもを生ませたにもかかわらず,後に郷里に戻り,正式な結婚をして子孫を設けたというのです。これは大問題!ということではなく,ゴダードは父が同一である2つの家族の子孫たちを比較して,劣った母の家系からは劣った人間が次々と生み出されるのだとした研究(カリカック家の研究)を公刊したのです。劣った家系とされた子孫のようすは次のような写真で紹介されました。何かすさんだ雰囲気です(図2)。この本の主張は,当時の世論に好意的に受け止められ,優生劣廃学(Eugenics)を推進する力となりました。図3のような絵が世間にアピールしました。


ダーウィンは『マインド(Mind)』第6号に掲載されたフランスの哲学者・テーヌ(Taine, M.)の論文に触発され,37年前につけていた日誌を読み返してみて書いたといっています。そして,そもそもその日誌的記録は表情の問題に焦点を当てていっていたとのことでした。論文に記された内容は生後7日間の反射行動の記述から,2歳における道徳観の表れまで,よくいえば多様であり,悪くいえば若干羅列的です。しかし,この論文の最後はさすがにダーウィンだと思わせる結論になっていました。すなわちこの論文の最後の話題は,言語の理解であり,初語が出るはるか前に言語理解が可能であることを述べたダーウィンは,「下等動物たちが人間から話しかけられる言葉を理解できることを考えれば,これは予想できることである」と結んでいたのです。


しかし,現在ではこの2つの家系を遺伝で説明するよりは,貧困状況などで説明すべきだという意見が支配的です。また,グールド(Gould, S. J.)が指摘したように,片方の家系の人々の写真に,悪意ある加筆が加えられていたという説もあります(単なる修正だという説もあります)。コラージュとしてまとめている写真もありますから,これを見てください(図4)。単なる加筆なのか,ゴダードが知能の低い人は悪い相貌になると見せたいがための加筆なのか,判断してほしいと思います。


なお,カリカックというのは,ギリシャ語のκαλ??(カロス「良好な」)とκακ??(カコス「好ましくない」)からの合成語です。



文献

Goddard, H. H.(1912). The Kallikak family: A study in the heredity of feeble-mindedness. New York: Macmillan.


心理学ワールド第48号掲載
(2010年1月15日刊行)