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表彰
優秀論文賞 受賞者―川上(2020)
指先が変える単語の意味――スマートフォン使用と単語の感情価の関係――
(心理学研究第91巻第1号)
- 川上 直秋(島根大学)*
*現・筑波大学(2021年10月1日現在)
評価理由
本論文は,スマートフォンの日常的な長期使用が,フリック入力の反復を通して,文字,無意味単語,実在する有意味単語の感情価を変化させることを報告している。著者は,フリック入力における下向きと上向きの親指の動きが,それぞれ手前へと奥への運動であることに注目し,下フリックは接近,上フリックは回避の運動として捉えることができると考えた。接近運動はポジティブな感情と,回避運動はネガティブな感情と結びつくと論じた先行研究に基づき,入力時に下フリックを多く含む単語はポジティブな感情価を,上フリックを多く含む単語はネガティブな感情価を相対的に帯びることになると仮定し,このフリック効果の存在を5つの研究によって検証した。まず,フリック入力が実際に1.5cm以上の指の空間移動を伴うことを確認し(研究1),続いて,ひらがな清音46文字(研究2),782の無意味単語(研究3,研究4),978の単語(研究5)の感情価の評定を計1,500名以上の参加者に求めた。その結果,一貫して,フリック効果が確認され,また,この効果がスマートフォン未使用者には見られないことから(研究4,5),フリック入力と感情価変動の関係が強く示唆された。俄には信じ難い興味深い結果が,膨大な刺激数と十分なサンプルサイズの研究によって繰り返し再現される様は,科学的探求の醍醐味を教え,「良くも悪くも人間の心理は道具依存的でもある」という最終段落の一文を導く論考の精緻さは,爽やかな知的興奮を読後に残す。たとえ小さな影響でも,日常的に何百回と繰り返されることで蓄積され,検出可能となること,このような過程を経て,新しいテクノロジーが人間の心に影響を与え得ることを示した本論文は,新規性,独創性,研究手法の厳密さ,丁寧な考察が高く評価され,優秀論文賞にふさわしいと判断された。
受賞者のコメント
この度は,思いがけず優秀論文賞という立派な賞をいただき,たいへんうれしく思います。まずは,本論文の審査の際に貴重なコメントを頂戴した査読者の先生方と編集委員の先生にこの場を借りて御礼申し上げます。
本論文をごくごく簡単にまとめると,スマートフォンでフリック入力を日々繰り返していると単語の意味が変わってくる,という可能性を示したものです。一見突拍子もないこの研究のアイディアは,何気なく学生を観察していた場面から生まれました。彼ら彼女らは片時もスマホを手放そうとせず,とても自然に,かつとてつもないスピードでスマホに文字を入力しているのです(しかもノールックで)。ジェネレーションギャップという言葉では片づけられない,スマホと人間との新しい関係を垣間見た気がしました。それと同時に,社会生活の中での無意識の影響を大きなテーマに研究をしている私にとっては,フリック入力に伴う手指の特定の動きの反復に大きな(研究上の)可能性を感じました。毎日忙しくSNS活動などに勤しんでいる現代人は,知らず知らずのうちに膨大な回数のフリック運動を日々繰り返していることになります。これを接近回避運動の観点から,単語の感情価との関係を見出したのが本研究です。
日常でのふとした気づきから発展した研究を,このような形で評価していただけたことが,社会心理学者としては何よりの励みとなります。また,これをきっかけに,多くの方に,日常生活の中で絶え間なく変化していく人の心のダイナミズムの一端を感じていただけたなら,これほどうれしいことはありません。