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表彰
優秀論文賞 受賞者―高橋他(2020)
(Japanese Psychological Research Vol.62, No.2)
高橋 惠子(聖心女子大学)・平井 美佳(横浜市立大学)・Hou, Jing(北京師範大学)・清水 裕士(関西学院大学)
評価理由
私たちが,社会で適応的に過ごすためには,他者との良好な関係が欠かせない。私たちの生活をささえる人間関係は,それぞれ役割の異なる複数の重要な他者(両親や友人や恋人等)との関係によって成り立っている。著者らは,この複数の他者からなる人間関係とその心理的機能(役割)を説明する愛情の関係モデル(Affective relationship model)を提案している。本論文は,この愛情の関係モデルの視点から,日本と中国の青年期を対象に,儒教文化の信念が,重要な他者との関係性とその心理的役割に及ぼす影響を調べたものである。研究の結果から,青年期の日本人と比べると,青年期の中国人は,父親をより重要な他者であると考えており,儒教文化が影響していることを明らかにした。従来の欧米を中心とした文化比較研究では,中国と日本は同一のアジア文化として,研究が行われてきた。しかしながら,本研究では,両国の文化的(主に儒教)背景が異なることに注目し,両国の重要な他者との人間関係の違いを検討している。この着眼点は,欧米を中心とする研究チームからは見過ごされてきており,非常に学術的価値が高い。さらに,本研究は,日本と中国に住む14歳から24歳までの中学生・高校生・大学生の1,565名の参加者に回答を得るなど,非常に労力のかかる研究である。日本と中国とで回答する質問項目についても丁寧に翻訳とバックトランスレーションを行うなど方法論的な精緻さも評価できる。以上のことから,本論文が優秀論文賞に値すると判断された。
受賞者のコメント
思いがけなくも優秀論文にお選びいただきまして,真に,ありがとうございました。この論文の査読をしてくださった方々,そして,選考のために多くの労をとってくださった皆様に,心からの感謝を申し上げます。この授賞を光栄であると思いますのは,選者から頂戴しました講評が,まさにこの研究の意図を認めていただくものであったことです。この論文には2つのねらいがありました。第一は,かねがね取り組んできました文化比較研究への提案です。挑んだのは,文化を記述する代表的な理論,文化二分論(I/C:individualism vs. collectivism)です。I/Cの枠組みでは同じ東南アジア群に入れられてしまう中国人と日本人の心的差異を明確にとらえたいと考えました。そして,第二は,長年にわたって精緻化してきた人間関係の心的枠組み(表象)を記述する「愛情の関係モデル」を,この文化比較に使用することで,第一のねらいを実現できないかということでした。このモデルは人間関係の心的枠組みを3要因―複数の重要な他者,個々の他者の心理的機能,そして,要求の強度―によって記述するものです。これが心的枠組みの構造を記述する理論と方法であるため,中日間の文化的差異を人間関係の内容の違いとして,実証的に捉えられるという利点がありました。本研究では文化の差異を儒教思想への信奉の程度でとらえることにして3種の尺度を使いましたが,文化の操作的記述を工夫することが,次の課題の一つであると考えています。