刊行物のご案内
心理学研究 第96巻 第2号(2025年6月)
種類 | 原著論文 |
---|---|
タイトル | 道徳ジレンマとNIMBYジレンマ――倫理と共感と関係流動性の役割―― |
著者 | 野波 寛・大友 章司・坂本 剛・田代 豊・青木 俊明・大場 健太郎 |
要約 | 公共財の一種であるNIMBY(Not in my backyard)施設の文脈は,少数者の犠牲と引き替えに多数者を救う功利的選択の是非を問う道徳ジレンマを包含し,NIMBYジレンマとして成立し得る。本研究では,NIMBYジレンマにおける人々の判断に,道徳判断と共感的関心および関係流動性が及ぼす影響を検証した。道徳ジレンマで功利的選択を是と評価する参加者は,NIMBYジレンマでも同様な評価を行った。また,道徳ジレンマにおける倫理的評価は,NIMBYジレンマにおける倫理的評価と功利的な行動意図に対する正の規定因と認められた。さらに,共感的関心はNIMBYジレンマにおける功利的な意図と負の関連があり,他者の倫理的評価に対する推測は正の関連があった。これらの結果は,NIMBYジレンマにおける人々の意思決定に,道徳判断や共感的関心といった直観的過程の介在を示唆した。個々人の道徳判断や共感的関心が,公共財問題における集合的帰結として共貧化をまねく道徳の悲劇について,考察を行った。 |
キーワード | NIMBYジレンマ,倫理的判断,共感的関心,関係流動性,道徳の悲劇 |
個別URL | https://psych.or.jp/publication/journal96-2#23029 |
種類 | 原著論文 |
---|---|
タイトル | 自閉スペクトラム者が示す広範な社会違和とその部分集合としての性別違和の発達的検討 |
著者 | 霜山 祥子・遠藤 利彦 |
要約 | 近年, 自閉スペクトラム(Autism Spectrum: AS)と性別違和(Gender Dysphoria: GD)の共起に関心が集まっている。しかし,当事者視点の不足により,ASと,どのような現象が共起しているのかについては不明確さがある。また,最近の質的研究では,AS者のGD(ジェンダー規範との間で生じる違和感)は,「広範な社会違和(広範な社会規範との間で生じる違和感: Pervasive Social Dysphoria: PSD)」の部分集合であり,本質的にはASとPSDに関連性があるという新たな仮説も提唱されている。本研究では,この仮説について検討を深めるために,PSDの部分集合としてGDを経験するAS者14名のライフストーリーを分析した。そして,当事者が,各発達段階で経験してきた社会規範に関する違和感を記述し,GDを示すAS者の違和感がGDに限定されないことを精緻に実証した。また,ジェンダー規範には,(a) 発達早期より認識されやすい,(b) 第二次性徴期に他の規範への影響力を強め,他の規範がジェンダー規範という意味合いを持つようになる,という2つの特有性があり,発達を通じて強い社会的影響力を持つ可能性が示唆された。今後は,ジェンダー規範の社会的影響力の強さにより,PSDの中でGDが顕在化しやすく,ASとGDに特異的関連性があるように見える可能性も踏まえて,ASとGDや,ASとPSDの関連性について精査する必要がある。 |
キーワード | 自閉スペクトラム,性別違和,広範な社会違和,社会規範,ニューロダイバーシティ |
個別URL | https://psych.or.jp/publication/journal96-2#23035 |
種類 | 原著論文 |
---|---|
タイトル | 精神障害者保健福祉手帳所持者を雇用する特例子会社における管理職と部下の社会的相互作用過程 |
著者 | 大嶋 玲未・竹下 浩 |
要約 | 本研究では,特例子会社の精神障害者保健福祉手帳所持の従業員が所属する部署を対象として,障害者雇用の現場での支援の改善に応用可能な過程の理論の確立を目指し,管理職と部下間の社会的相互作用過程(態度の組み合わせ)の法則性を発見することを目的とした。特例子会社A社の課長職10名(男性5名,女性5名)に半構造化面接を実施した。Grounded Theory Approach (GTA) により確立した過程の理論からは,管理職と健常者部下が支援の過程で経験しうる3つの状況と,各状況の成立条件,方略,帰結が示され,管理職と健常者部下のどのような相互の態度が,職場の心理的安定や職場の遂行的安定をはじめとしたより望ましい支援の結果をもたらすかが明らかになった。また,障害のある部下のよりよい支援のためには,管理職,健常者部下だけでなく,支援を受ける障害のある部下を含む3者がスキルや態度を発達させる必要性が示された。 |
キーワード | 障害者雇用,ナチュラルサポート,社会的相互作用過程,グラウンデッド・セオリー・アプローチ |
個別URL | https://psych.or.jp/publication/journal96-2#23038 |
種類 | 原著論文 |
---|---|
タイトル | 幼児における2つの確率情報に基づく統合的推論――生起確率の相対的高さに着目した検討―― |
著者 | 林 冬実・中道 圭人 |
要約 | 本研究は,幼児が2つの確率情報を観察した際に,それらを統合して2種類の可能性の高さを推測するかを検討した。これを検討するために,実験1(N = 103, M = 68.47ヵ月)と実験2(N = 51, M = 67.88ヵ月)で,4―6歳児に2つの場面で確率情報を提示した。その結果,統合した確率が50%対50%になる3条件では,4―6歳児はすべての条件で「2種類の可能性が同程度である」と推測することが多かった。一方,統合した確率が75%対25%になる3条件では,1つの条件でのみ,幼児は2種類の可能性の高低を正しく推測することが多く,いずれの条件でも「2種類の可能性が同程度である」と誤って推測する幼児が一定数いた。また,この課題遂行は月齢と正に関連する傾向があった。これらの本研究の結果は,4―6歳児が,観察した2つの確率情報に基づいて,2種類の可能性が同程度であることを推測できることを示した。さらに,月齢が上がるにつれて,2つの確率情報を基に,2種類の可能性の両方があり得ることを推測できるだけでなく,2種類の可能性の高低を推測できるようになっていくことが示唆された。 |
キーワード | 幼児,確率,統計学習,推論,認知発達 |
個別URL | https://psych.or.jp/publication/journal96-2#23039 |
種類 | 研究報告 |
---|---|
タイトル | 認知的中心性の高いメンバーは正確な意思決定をするか? |
著者 | 竹西 海人・中西 大輔 |
要約 | 本研究では,認知的中心性の高いメンバーが多属性意思決定課題において正確な意思決定を行うことができるかどうかを検討することを目的とした。先行研究では,共有情報に依存した集団意思決定はしばしば否定的な結果をもたらすことが指摘されている。しかし,共有情報の信頼性と妥当性を考慮すると,議論において共有情報を利用することは肯定的な結果をもたらす可能性がある。本研究では,社会認知ネットワーク内でグループメンバーが保有する共有情報の量を示す認知的中心性に注目する。先行研究では,認知的中心性の高いメンバーは専門家とみなされるため,グループの意思決定に影響を与えることが示されている。このことは,彼らがより正確な意思決定を行う可能性を示唆している。しかし,認知的中心性と意思決定の正確さとの関係に関する実証研究はほとんど行われていない。われわれは,日本の都道府県人口に関する二者択一課題を150人の実験参加者に解かせ,この関係を検討した。その結果,認知的中心性と意思決定の正確さには明確な関係は得られなかった。 |
キーワード | 共有情報バイアス,社会-認知的ネットワーク,認知的中心性 |
個別URL | https://psych.or.jp/publication/journal96-2#24305 |
種類 | 展望論文 |
---|---|
タイトル | 怒りの感情制御方略に関する研究動向と展望――実験研究を対象とした検討―― |
著者 | 金谷 悠太・川合 伸幸 |
要約 | 怒りは危険運転や虐待といった社会問題に繋がる可能性があるため,怒りの制御は極めて重要である。本研究では,怒りの感情制御方略の系統的レビューを行い,その特徴や問題点,有効性に関する研究の蓄積を包括的に分析・整理・検討することを目的とした。Web of Scienceでの検索および引用・被引用関係のスクリーニングにより,怒りの制御に関する76の論文が同定された。感情制御のプロセスモデルの枠組みに基づき,各怒り制御方略を状況修正,注意配分,認知変容,反応調整,感情制御方略の有効性を高める方略に大別し,主観的怒り,生理的反応,攻撃行動に対する個別の方略の有効性が評価された。その結果,主観的な怒りに対し,再評価や気晴らしといった認知変容や注意配分が最も効果的である一方,受容や発散,抑制といった反応調整は効果的でないことが示された。しかし攻撃行動に対しては,再評価に比べ,悲しみの誘発による反応調整や接近動機づけの高まりを妨げる状況修正が効果的であることが示唆された。怒りの感情制御方略の長所と短所を考慮し,目的や文脈に応じて最適な方略を使い分けることが重要と考えられる。 |
キーワード | 怒り,制御,方略,攻撃行動 |
個別URL | https://psych.or.jp/publication/journal96-2#23402 |