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【小特集】

変わる学生,変わる大学

昨今日本の大学を取り巻く状況は一昔前と比べて大きく変わり,社会から期待される大学像にも変化がみられます。高校までの学力の不足を補ったり,学生の生活習慣に教員が介入するなど,学生に対する「面倒見の良さ」を求められることも少なくありません。今回の小特集では,大学が学生に実際に提供しているさまざまな支援を紹介するとともに,現代の大学に求められる役割について,そして心理学が貢献できることについて考えてみたいと思います。(旦 直子)

初年次教育─「大学生になる」ことの支援

藤田哲也
法政大学文学部心理学科 教授

藤田哲也(ふじた てつや)

Profile─藤田哲也
1995年,京都大学大学院教育学研究科教育方法学専攻博士後期課程学修認定退学。博士(教育学)。専門は認知心理学,教育心理学。著書は『絶対役立つ教養の心理学 展開編』(編著,ミネルヴァ書房),『大学基礎講座 改増版:充実した大学生活をおくるために』(編著,北大路書房)など。

本稿では,大学で行われている初年次教育(First-Year Experience)とはどういうものか,また,心理学が初年次教育においてどう貢献できるのかについて紹介したいと思います。

初年次教育とは

 

初年次教育とは,直前まで「高校生」だった新入生を「大学生」にするための教育であり,学習面では,受け身の「勉強」スタイルを積極的・自発的な「学び」へと転換させることを重視したものであると言うことができます(藤田,2012)。いわゆる学力低下問題への対応のみが目的というわけではありません。

 

広義には,大学・短大の一年次に行われること全てが初年次教育と呼べなくもないですが,本稿では対象となる教育プログラムをもう少し絞り込んで説明をしていきます。山田(2004)は,各大学で初年次の学生向けに行われている教育内容を次の四つに大別しています。a.高等学校までに習得しているはずの学習内容のリメディアル(補習)教育,b.論文・レポートの書き方,文章表現の仕方,プレゼンの仕方などの学習スキルの伝達,c.大学生に求められる一般常識や望ましい態度といったスチューデント・スキルの獲得,d.専門教育への橋渡しとなる基礎的知識・技能に関する教育です。これらのうち,本稿で取り上げる初年次教育の定義に合致しているのはbとcになります。いわゆる「心理学入門」のような専門導入科目はdに分類されます。専門導入科目は初年次生向けの科目として,もちろんカリキュラム上重要ですが,心理学を初学者に分かりやすく教えるという教育目標と,自主的に学ぶ存在へと転換を促すという教育目標は同じではありません(両立しないわけではないですが)。

初年次教育で重視すべきこと

 

先に述べた「受け身の勉強から主体的な学びへの転換が求められている」という初年次教育の教育目標自体は,新入生の多くが頭では理解していると思います。ただし,頭では理解していても,具体的にどういった行動が自主的に学ぶということになるのかを経験的に体得できている新入生はほとんどいないといえるでしょう。

 

したがって初年次教育において,「何を教えるか」と同等かそれ以上に「どう教えるか」が重要になります。初年次教育の授業で「自主的に学ぶ存在になれ」とことばでくり返し伝えても,新入生の多くは「そんなことはわかっている」,さらには「言われなくても自分にはできている」と思うかもしれません。

 

この「わかっているつもり」「知っているつもり」の状態にある学生は,自ら変わろうとしません。そのため,初年次教育で重要になるのが「気づき」になります。授業の中の課題を通じて,「わかったつもりになっていただけで,まだ十分なスキルを持っているわけではない」ということに受講生が気づくことができるような工夫があれば,そこで取り上げられてるスキルを修得したいと思うことでしょう。しかし「もう十分にこのスキルは修得している」と思えば授業に身が入らないでしょう。

初年次教育の実際

図1 モデル授業のトップページ http://fd.media.hosei.ac.jp/
 

上記の初年次教育の目標を達成するための実践例として,筆者が法政大学で行っている「基礎ゼミ」を紹介します。受講生が自分自身の知識や学習スキルの修得の程度について的確に「気づき」を得られるよう,心理学の知見を随所に用いています。とりわけ,学習者自身が自分の理解の程度を正確に評価できるようになるために「メタ認知」を促す工夫をしています。

 

最初のトピックである「ノートの取り方」を例示します。高校までは「重要な情報」の取捨選択は,その授業の教師が行っています。教師が重要と判断したことを板書し,生徒はそれをノートに写すのが基本ですね。これで定期試験対策になるわけです。しかし大学では,板書の仕方や量,そもそも教科書の有無からして,実に多様なタイプの授業が入り乱れています。少なくとも「ここが重要だよ」と明示してくれるような授業が主流ではありません。したがって,受講生は様々なタイプの授業に対して,それぞれ異なる対応をしなくては,役立つノートは取れません。ここで,「情報の取捨選択の主体は自分に移っている」「多様な授業に合わせた多様な工夫が必要」という気づきが得られていないと,常に同じようなノートの取り方しかせずに,失敗します。さらには「どのような工夫が自分にとって有効か」の気づきも重要です。しかしこの試行錯誤の段階に進むためには「工夫をする必要性への気づき」が不可欠なのです。

 

「基礎ゼミ」の授業内では,いくつかの典型的なタイプの模擬授業を短時間やってみせ,それぞれの授業に合わせたノートを取ってみるように指示をします。この段階でうまく工夫しわけることができないと気づく受講生もいますが,「自分は工夫できている」と「思い込んでいる」学生もいます。後者の方が深刻ですので,本当に適切なノートが取れているのか判断できるように,翌週に模擬授業の内容に関する論述式の小テストをします。わずか一週間前の授業内容を,ノートを参照しても,うまく思い出せないと気づいたとき,やっと「ノートの取り方をかえなくては」と感じてくれるようになります。

 

まとめると,「基礎ゼミ」で重視しているのは「どういうノートを取ればよいか」の答えをマニュアル的に伝えることではなくて,「ノートの取り方を工夫しなくてはならない」という気づきを得ることなのです。

 

こうした初年次教育における学生支援について,他の大学教員の方々にも知ってもらうために,「初年次教育モデル授業公開」のホームページを設置しています(図1)。授業風景のビデオだけでなく配付プリントなどの教材(図2)も公開していますので興味があったらアクセスしてみてください。

図2 ノートの取り方の教材例

文献

  • 田哲也(2012)大学一年生と社会人の間をうめる初年次教育.『発達』 33 , 74-81.
  • 山田礼子(2004)「わが国の導入教育の展開と同志社大学での実践」溝上慎一(編)『学生の学びを支援する大学教育』東信堂 pp.246-271.

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