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【小特集】

学生相談から見た大学生の変化

岩田淳子
成蹊大学文学部 教授

岩田淳子(いわた あつこ)

Profile─岩田淳子
青山学院大学大学院文学研究科修了。2014年より現職。日本学生相談学会理事,東京臨床心理士会理事。専門は臨床心理学。著書は『学生相談と発達障害』(共編著,学苑社),『発達障害のある大学生への支援』(分担執筆,金子書房)など。

学生相談とは,大学教職員が学生に対して行う学生支援の中の専門的機能の一つであり,臨床心理学やカウンセリングの理論を学び,対人援助のトレーニングを受けた専門家(多くは臨床心理士)が行う心理教育的実践である。今日の学生相談の活動内容は学生に対する個別カウンセリングに限らない。教職員や学生の家族に助言を行うコンサルテーション,学生の成長発達の促進,問題を未然に防止するための心理教育プログラムの提供。さらには,学生が関与する事件や事故への危機介入と心理的ケア,ハラスメント相談などに携わる機会も少なくない。

本稿では,日本学生相談学会が3年ごとに実施している全国の大学・短期大学・高等専門学校を対象とした学生相談機関に関する調査(以下,全国調査)のなかの学生相談機関の利用実態についての統計から学生相談の現状を紹介するとともに,大学生に関するさまざまなデータを照らし合わせながら,「学生相談カウンセラーから見た大学生の変化」について私見を述べたい。

全国調査からみる学生相談

直近の全国調査(岩田ら,2016)によると学生相談機関(大学)の年間来談学生実数の平均は158.6人,来談学生延べ数の平均は1007.8人で,過去調査(2009年,114.5人/608.3人)と比較すると増加傾向が続いている。相談内容は,勉学・進路(26.4%),心理・適応(57.0%),その他(15.5%)である。増加している相談内容の回答を求めると発達障害学生支援の相談(67.4%),対人関係(52.3%),精神疾患(47.2%)の順であった。また,援助活動内容では,教職員や家族へのコンサルテーションを88.1%の大学で行っている他,療学援助(主に精神障害学生に対して行う生活臨床的援助)は62.5%,危機介入は54.6%,居場所による援助活動は42.5%の大学で行っている。以上の調査結果から,学生相談を利用する学生は増加しているとともに,教職員や家族も学生についての心配ごとを多く抱えていることがわかる。学生の指導にあたって困惑するという事態は,どの教職員にも生じうることなのである。発達障害については「学生相談カウンセラーにとってごく身近な概念になり,今や不適応学生を見立てる際の支柱になっていると言っても過言ではない」(坂本,2014)。また,精神疾患のある大学生の相談の増加も注目できる。かつては,精神疾患のある学生は治療を最優先に「休学」を勧めることが多かった。しかし,日本学生支援機構による「障害のある学生の修学に関する実態調査」において平成27年度から設問項目に「精神障害」が加えられたことを考え併せると,精神科的治療を継続しながらも学修を支援していく方向性にシフトしている現況が見えてくる。障害学生支援が活発に行われるなかで,精神疾患をもつ学生への修学と支援のあり方が問われているといえよう。

大学生に関するさまざまなデータと学生相談

文部科学省資料「大学の入学定員・入学者数等の推移(平成26年)」によれば,大学進学率は約51%,大学収容率も約93%。まさにユニバーサルアクセス型の大学(トロウ,2000)への変更を遂げている。現役:浪人の比率は8:1(平成4年では2:1)であり,学生相談を訪れる学生(以下,来談学生)のなかの浪人生は一様に「友人には浪人であることは隠している」という。確かに「マイノリティ」であり,肩身の狭い思いをしているらしい。不本意入学の悩みは一定数あるものの,かつてのように2浪3浪の学生に会うことがめっきり減ったと感じていたが合点がいく。

大学生の経済状況には深刻な変化が見られる。文部科学省資料「国公私立大学の授業料等の推移」によれば,大学における授業料の長期推移は右肩上がり,平成26年の私立大学授業料平均は864,384円と昭和50年と比較すると5倍近い。ひと月あたりの生活費(仕送り額から家賃を除く)は25,500円(2015年度),1日あたりの生活費に換算すると850円であり,最高時1990年度の2,460円のほぼ3分の1である(東京私大教連ホームページ「私立大学新入生の家計負担調査2015年度」)。さらにJASSOの奨学生数およびその割合の推移によると,奨学生数は学生数の38.2%,2.6人に1人が奨学生である。つまり学費は上がり,生活費は下がり,奨学金利用者は大幅に増加している。今の大学生の多くが大学卒業と同時に多額の奨学金返済を抱えているのだ。従って来談学生の主たる相談内容が経済問題でないとしても,特に留年や休学が検討される相談のなかでカウンセラーにとって学費の出所は押さえておくべき事項となっている。文脈を外れるが,大学生の不登校について「生き方の変更という作業」であり「そのためには安全な場所と時間が必要である」との一昔前の論(小柳,1996)は否定しないまでも,経済面を勘案すれば,そう悠長に構えてはいられない。

  2002年 2012年 全体(n)
1 友達をたくさんつくるように心がけている 52.3% 43.6% 2135
2 初対面の人とでもすぐに友達になる 50.2% 47.2% 2136
3 友達との関係はあっさりしていて,お互いに深入りしない 53.7% 48.5% 2128
4 友達と意見が合わなかったときには,納得がいくまで話し合いをする 50.2% 36.3% 2133
5 遊ぶ状況によって一緒に遊ぶ友達を使い分けている 65.9% 70.3% 2127
6 いつも友達と連絡をとっていないと不安になる 80.9% 84.6% 2133
7 友達といるより,ひとりでいるほうが気持ちが落ち着く 46.0% 71.1% 2135
表 友人関係に関する来談学生の傾向(藤村ら,2016より)

大学生の対人関係についても変化が見える。ベネッセ教育総合研究所「第2回,大学生の学習・生活実態調査報告書(2012年)」では,話をしたり一緒に遊んだりする友だちが学内外ともに「いない」と回答した割合が2.5%,悩み事を相談できる友だちが学内外ともに「いない」と回答した割合が10.8%であった。藤村ら(2016)の継続的調査データから友人関係について表のような結果もあり,友人関係に関する不安の高さ,友人の選択化,1人の居やすさなどの傾向が見られる。来談学生から語られる友人関係は周囲の反応を過剰に気にし,集団のなかで「浮く」ことの怖さに絶えず苛まれているかのように見える。

インターネットやSNSの利用状況を示す調査は多く,大学生(調査により広く若者層も含む)のテレビ視聴時間は若干短くなり,インターネット利用時間は大幅に増加している。スマートフォンの急速な普及により,大学生のSNSの登録率は高く,社会人より利用時間も長い(たとえばコロプラ「若者ヒマ意識調査」などを参照)。来談学生の語るエピソードに出てくる会話はほぼSNS上で行われており,実際に会って話していると思って学生の話を聞いていては理解がずれる。「いいね」,ツイート,スタンプでのコミュニケーションが,学生の気持ちの表出や関係性のあり方に変化をもたらさないとは到底思えない。

世相を反映する学生相談

20年以上,日々学生とのカウンセリングを続けている実感としては,大学生の悩み事や問題は時代によらずに変わらない部分がある。しかし,データからは,社会,大学,大学生の変化が見て取れ,虐待,留学生,セクシュアルマイノリティなど時代のトピックもまた日々の相談に現れる。複雑で困難な相談が増えていると言われて久しいが,いつの時代であっても,いかなる大学生であっても,門戸は広く,学生との関係性は深くありたいものである。

 

謝辞 大学生に関するさまざまなデータは,第50回全国学生相談研究会議におけるシンポジウム「現代の大学生像について考える」において発表された中島正雄先生(東北大学)から提供していただいた。感謝申し上げます。

文献

  • ネッセ教育総合研究所「第2回,大学生の学習・生活実態調査報告書」 http://berd.benesse.jp/koutou/research/detail1.php?id=3159
  • 藤村正之・浅野智彦・羽渕一代(2016)『現代若者の幸福:不安感社会を生きる』恒星社厚生閣
  • 岩田淳子・林潤一郎・佐藤潤・奥野光(2016)2015年度学生相談機関に関する調査報告.『学生相談研究』 36 , 209-262.
  • 小柳晴生(1996)大学生の不登校.『こころの科学』 69 , 33-38.
  • マーチン・トロウ/喜多村和之(編訳)(2000)『高度情報社会の大学:マスからユニバーサルへ』玉川大学出版部
  • 坂本憲治(2014)学生相談における発達障害者支援の研究動向と課題.『学生相談研究』 35 , 154-165.

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