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【小特集】

大学におけるキャリア支援

大阪教育大学教育学部 准教授

安達智子(あだち ともこ)

Profile─安達智子
早稲田大学教育学部卒業。青山学院大学大学院文学研究科修了。早稲田大学大学院教育学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(教育学)。大阪教育大学講師を経て現職。産業カウンセラー。専門はキャリア教育・支援,ジェンダー,就活の心理。著書は『キャリア・コンストラクション・ワークブック:不確かな時代を生き抜くためのキャリア心理学』(共編著,金子書房)など。

大学生の就活事情

皆さんは,小津安二郎監督の映画『大学は出たけれど』をご存知ですか? 大卒者の就職難を描いた昭和初期の作品で,定職に就くことができずに苦労する若者たちのメタファーにもなっています。しかし,この頃とは違って平成の世は,「大学を出たけれども……」とならないように在学中から面倒をみる時代になりました。多くの大学では,かつての就職課がキャリア・センターやキャリア支援課に名称を改めて,学生のキャリアを全面的にバックアップするとの姿勢を打ち出しています。不思議なことに,部署の名前は「キャリア○○」に変わったのですが,学生が行っているのは依然として就職活動すなわち「就活」で,主たるサポートも内定に漕ぎ着けるための支援というのが実情です。

変わった点といえば,就活が高度情報化,複雑化,ハイテク化したことでしょうか。そのわりに説明会や面接は昔と変わらず対面形式で行われており,就活のハイシーズンになると学生がキャンパスから姿を消すという現象は,筆者が大学生だった90年代から変わりません。学生たちが相当の時間と労力を費やす就活ですが,授業や研究とは異なる次元で展開されるため,彼らがどんなふうに奮闘しているのか,教員にはリアルな情報が伝わりにくいのではないでしょうか。そんな学生たちの就活事情についてみていきましょう。

「職業を選ぶ」という営み

時代によって様変わりしていく就活ですが,それが職業を選択するという営みで,自己理解と仕事理解を行って双方を関連づけるという仕組みは,職業指導の創生期から変わりません。ただ,自己理解をするときに従来の学生は試行錯誤を繰り返しながら「自分とは何者か?」という問いに取り組んできました。それが今では,自己分析セミナーや自己探索ツールを活用して手軽に自分を見つけられる(見つけたような気になれる)時代です。筆者も心理学を用いた自己理解ツールを活用しており,これに助けられて学生たちが自分探しに取り組み出すことを実感しています。しかし,試行錯誤や実体験をともなわない紙の上の自己理解では,書類審査はパスできても面接を通過するのは難しいでしょう。もし,それらをすり抜けて就職できたとしても,「さして悩むことなく内定したのでラッキーだったけれど,未だに自分の適性が分からない」という卒業生もいます。これは,できるだけ「無駄」を省いて躓かないように学生たちを世に送り出そうという,機能的で面倒見の良い出口支援の弊害といえそうです。

職業選択のもうひとつの要素は仕事や社会を知ることで,就活用語を用いるならば業界研究や企業研究がこれにあたります。もともと学生たちは情報誌や業界本,企業のパンフレット,大学に寄せられた求人票といった紙媒体から情報を仕入れていました。それが今ではインターネットでこと足りますし,就職情報サイトに登録すれば業界横断的な情報がどんどん入ってきます。大学の就職課でめくっていた求人票もデータベース化されて何処からでも閲覧できるようになりました。つまり学生はパソコンの画面をクリックするだけで,膨大な情報にアクセスすることが可能になったのです。そのため就活では,溢れんばかりの情報をどうやって整理するのか,どの部分を選択して活用するのか,SNSをどのように役立てるか等の情報リテラシーが重要な役割を果たします。

くわえて就活では,他者との関係性を活用して仕事社会と繋がることが鍵になります(安達, 2010; 下村, 2013)。例えばOBやOG,就職活動を通して得た仲間,説明会やインターンシップで出会った企業の関係者,あるいは昔の友人や遠い親戚,恩師などとの繋がりです。こうした人々との関係性は日々の人間関係とは異なり,構築することや維持・発展させることが難しいのですが,就活においては有益なチャンスをもたらします。就職するには,コミュニケーション能力すなわち「コミュ力」が大切なことはよく知られていますが,面接で自己PRをしたりグループディスカッションで積極的に発言をするという直接的なコミュ力だけでなく,人との関係性を構築・維持・発展させるネットワーキングのコミュ力も見逃せません。また,そのネットワークに我々教員も含まれており,彼らの就職や仕事生活,転職,困った時など,様々な場面において機能することが期待されています。

図1 30代になったときの時間の使い方(Adachi, 2016)。アイコン画像はICOOON-MONOより入手。http://icooon-mono.com/
図1 30代になったときの時間の使い方(Adachi, 2016)。
アイコン画像はICOOON-MONOより入手。http://icooon-mono.com/
 

大学教育,そして心理学は何ができるか

大学におけるキャリア支援のもうひとつの柱がキャリア教育です。内定獲得に特化した就職支援とは異なり,キャリア教育では働きはじめた後の生活,例えばワーク・ライフ・バランスや仕事とライフイベントの兼ね合い等が扱われています。それによって学生の視野も随分と広がったように感じます。例えば学生たちを相手に調べてみたところ,「男女共同参画」「イクメン」「カエル!ジャパン」といった政府主導の動きについて,彼らはよく知っていました。また,仕事と家事・育児の分担についても,昔に比べて随分と柔軟な捉え方をしています。ところが,自分自身の 将来はとなるとどうでしょう? 図1は,学生たちが30歳代の自分を想像して割り振った時間配分です。結果は見ての通り,女子学生は男子学生の2倍近くを家事や子育てに費やし,男子は女子の倍近くを仕事に費やすという意外に伝統的なものでした(Adachi, in press)。

理由のひとつに考えられるのが,彼らは政府の動きをよく認識しているのと同時に,それがまだ旗振りにすぎず,非典型的な生き方をするのがいかに難しいかもよく知っているということです。そのため,自分の将来を予測してみると伝統的なパターンに収束していくのかもしれません。そうだとすれば,大学のキャリア教育では政府の動向や様々な生き方・働き方を紹介するだけでなく,社会的インフラを活用したり組織とwin-winの関係を築いたり,権利を主張する力を養うことが求められます。つまりは,社会を知るだけでなく社会と交渉する力です。心理学の立場からは,アサーション,コーピング,コミュニケーション等の研究成果を用いて彼らの仕事社会への移行と適応を支援していけるでしょう。

おわりに

大学においてキャリア教育が拡充される動きのなかで,「キャリアは専門じゃないんだけど,何をしたらよいかな?」と,心理学の先生方から質問をいただく機会が増えました。そんな時のお応えが検査の活用に対する助言です。大抵の学生は,就活開始時に適性診断や適職診断の検査を受けますが,このときに得られた結果の解釈や活かし方には,心理学を体系的に学んだ学生とそうではない者の間に明らかな違いがあります。例えば,テストバッテリーの考え方,テスト理論,人と環境の相互作用,そして人間の心の可塑性を知ることで,学生は自動的にはじき出された診断結果に振り回されることなく,効用や限界を踏まえながら就活に役立てることができます。くわえて,安易な検査の実施や結果スコアの一人歩きに対して警鐘を鳴らすこと,さらには人の心を理解するという営みについて学生だけでなく社会の考え方を熟成させていくことも心理学者の大切な役割といえるでしょう。

文献

  • 安達智子(2010)キャリア探索尺度の再検討.『心理学研究』 81 , 132-139.
  • 下村英雄(2013)「就活は孤独じゃない:ソーシャル・サポート」安達智子・下村英雄(編著)『キャリア・コンストラクション・ワークブック:不確かな時代を生き抜くためのキャリア心理学』金子書房 pp.77-85.
  • Adachi, T.(2016)Work-Family Planning and Gender Role Attitudes among Youth. in press.

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