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【小特集】

学生支援と自立のパラドックス

山田剛史
京都大学高等教育研究開発推進センター/大学院教育学研究科 准教授

山田剛史(やまだ つよし)

Profile─山田剛史
2005年,神戸大学大学院総合人間科学研究科博士後期課程修了。博士(学術)。高等教育質保証学会評議員,大学教育学会代議員。専門は青年心理学,高等教育。著書は『大学生の主体的学びを促すカリキュラム・デザイン』(編著,ナカニシヤ出版)など。

大学を取り巻く状況の変化

大学を取り巻く状況の変化は,大きく社会,大学教育,大学生の3つに分けられる。18歳人口の減少予測に始まり,大学進学率の上昇,高度情報化,雇用環境の変化やグローバル化など社会の変化。質保証や外部評価,予算の縮減や競争化といった文教政策の推進圧力に加え,教えから学びへの教育の在り方の質的転換など大学教育の変化。そして,目的意識の希薄化,学習への受動的態度や学ぶ力を含む広義の学力低下,社会に出るために必要な力(汎用的能力)の欠如など学生の変化。

大学における学生支援の位置

上述した学生の変化は,学業への躓きや人間関係形成の問題を主訴としながら,不登校や中退,進路未決定といった形で具現化し,大学経営の観点からも焦眉の課題となっている。大学は社会からの要請に応えるといった使命と,学生の変化への対応といった現実との間で様々な対応策を講じることとなる。その1つとして2000年代に入り,注目され多くの取り組みが進められるようになったのが学生支援である。2017年現在,学生支援は単なる厚生的観点からのみではなく,学生の学びと成長を促す教育的機能の1つとして位置づけられるに至っている。

学生支援の実態・類型

大学における学生支援の実態は,日本学生支援機構(JASSO)において定期的に把握され,結果はウェブ上で公表されている1。平成25年度に実施された調査では,1機関内の支援組織数平均が5.6であること,より広範な領域の支援に対応する方向で拡大されていること,一方で配置される担当者の数や組織体制など課題が残っていることなどが指摘されている2。

学生支援の領域には,①修学支援,②学習支援,③学生相談,④対人関係支援,⑤メンタルヘルス支援,⑥キャリア教育,⑦就職支援,⑧経済的支援,⑨生活支援,⑩課外活動支援,⑪障害学生支援,⑫留学生支援が挙げられる。これらの支援領域を,支援の枠組み(正課・正課外)と対象(学習・学生生活)の観点から整理したのが図1である。近年,多くの大学で取り入れられているのが右半分の正課の枠内で展開される取り組みや上半分の学習支援に関する領域である。その導入ペースは著しく,2000年頃にはほとんど聞くことのなかった初年次教育を実施している大学は710大学(96%)にも上る。実施割合の高い取り組み内容として,レポート・論文の書き方等の文章作法(86%),プレゼンテーション等の口頭発表の技法(80%),学問や大学教育全般に対する動機付け(77%),論理的思考や問題発見・解決能力向上(63%)といったものが挙げられる3。2011年に義務化されたこともあり,キャリア教育を教育課程内で実施している大学も715大学(97%/同調査)とほとんどの大学に上る。また,全学生数における障害学生の占める割合は2015年度で0.68%(21,721人)となっているが4,2016年4月に障害者差別解消法の合理的配慮規程等が施行されたことに伴い,今後組織的な体制のもとで適切に対応していくことが求められる。

図1 大学における学生支援の類型

学生支援と自立のパラドックス

大学生の多様化に伴う支援ニーズの拡大とそれへの対応が不可避の中,改めて大学という時間,空間が青年期の若者に与える役割・機能について考えてみたい。本来,大学生を含む青年期後期はアイデンティティの確立や親からの自立が発達上重要な課題となる時期である。大学という時空間は,社会へ出る前の役割実験の場,様々な経験に傾倒・探索し,他者(友人や親)との関係を整理し,社会の中での自己の位置づけを明確にする場である。

大学教育における共通目標の一つに「自律的学習者」の育成が挙げられる。自律的に学ぶことは生涯学習社会において重要な意味を持つ。しかし,各種統計を見ても学生の学習への受動性・消極性は高まっている。前述のように大学では補習教育や初年次教育,キャリア教育の実施をはじめ丁寧な指導が行われ,学生支援も量的・質的に拡大している。LMS(学習管理システム)やeポートフォリオの導入など,学生支援のためのインフラも年々整備されている。自律的学習者を育成するために大人(教職員)が様々な手を尽くすことによって,むしろ自立が阻害されているのではないだろうか。ベネッセ教育総合研究所が2012年に行った全国学生調査5によると,学生生活支援について,学生の自主性か大学の教員による指導・支援かいずれの考え方に近いかという設問に対し,「大学の教員が指導・支援するほうがよい」と回答した学生が増加している(2008年の15.3%から2012年の30.0%へと倍増)。同調査では,保護者との関係についてもきいているが,年々依存度が高くなってきている(図2)。また,男性の伸び率が大きく,性差はほとんどなくなってきている。

発達を促す学生支援

大学は学生が社会に出るため,出た後にタフに幸福に生きていくための支援を考えなければならない。保護者との依存的関係を持続・肩代わりする形での学生支援は,自立を抑止しかねない。手取り足取り行う支援は,学生の試行錯誤を抑制したり失敗から学ぶ経験を減じさせたりする。

大学生の発達の最近接領域を見極めた上で発達を促すための足場かけ(scaffolding)を提供することが学生支援の最適な在り方ではないだろうか6。そのための方法として教員・職員といった大人による支援のみならず,友人や先輩といったピアによる学生支援(ピア・サポート)も有効である7。

図2 大学生の保護者との関係5

文献

  • 1 大学等における学生支援の取組状況に関する調査(http://www.jasso.go.jp/about/statistics/torikumi_chosa/index.html)
  • 2 独立行政法人日本学生支援機構(編)(2014)学生支援の最新動向と今後の展望.
  • 3 文部科学省高等教育局(2016)平成26年度の大学における教育内容等の改革状況について(概要)(http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/daigaku/04052801/1380019.htm)
  • 4 障害のある学生の修学支援に関する実態調査(http://www.jasso.go.jp/gakusei/tokubetsu_shien/chosa_kenkyu/chosa/index.html)
  • 5 ベネッセ教育総合研究所(2013)第2回大学生の学習・生活実態調査〈ダイジェスト版〉
  • 6 山田剛史(2015)「青年期の発達上の課題を踏まえ正課・正課外を戦略的にデザインを」『VIEW21 大学版(ベネッセ教育総合研究所)』 1 , 3-5.
  • 7 山田剛史(2010)「ピア・サポートによって拓かれる大学教育の新たな可能性」『大学と学生(日本学生支援機構)』 87 , 6-15.

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