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サトウタツヤ
立命館大学総合心理学部教授。学校法人立命館・学園広報室長。日本心理学会教育研究委員会資料保存小委員会委員長。ベンダーがホスピタリズムの研究や政策提言に関係しているとは思ってもみませんでした。こういうことが分かるのが心理学史の醍醐味! です!!

サトウタツヤ

ローレッタ・ベンダー

ローレッタ・ベンダー

Bender, Lauretta(1897-1987)

ベンダーゲシュタルト検査で用いられる図形の例(Bender, 1938)
ベンダーゲシュタルト検査で用いられる図形の例(Bender, 1938)

アメリカの精神科医ローレッタ・ベンダーは,1897年,弁護士の父のもと4人きょうだいの末っ子として生まれた。小学生時代は精神遅滞を疑われたほどであったが,順調に成長し,1926年にアイオワ州立大学で医学の学位を得た。その後いくつかの病院でインターンや研究助手として勤務することになる。その中にはジョンズ・ホプキンス大学のクリニック(Phipps Clinic of Johns Hopkins Hospital)もあり,そこではアメリカに力動精神医学を導入したアドルフ・マイヤーの影響を受けた。1930年にはベルビュー病院の医師として着任した。この病院は後にウェクスラー=ベルビュー知能検査で知られることになる名門病院である。

 

ローレッタは1938年に最もよく知られた業績である視覚・運動協応=ゲシュタルト・検査(Visual Motor Gestalt Test)を創案した(Bender, 1938/高橋訳, 1969)。このモノグラフの中でローレッタは,自分自身は精神科医であり神経学者(特に神経病理学者)ではあるが臨床心理学者ではないと自己規定している。そうではあるが,1930年にジョンズ・ホプキンス大学に勤めていた頃,ゲシュタルト心理学の影響を受けてこの検査を開発したというのである。

 

ウェルトハイマーに主導されたゲシュタルト心理学の考えによれば,私たちは何かを見る時,直ちに全体の形態(Gestalt= Configuration)を見るのであって,部分部分を認識した上でそのまとまりとして何かを見ることはない。ウェルトハイマーは「近接の要因」「閉合の要因」「よい連続の要因」といった「プレグナンツ(簡潔さ)の法則」などを提唱し,いくつもの図形で例示した。

 

ローレッタがベルビュー病院などでこうした図形を見せてみると,何を見ているか分からないと答える成人(精神病患者)がいることが分かった。そこで彼女はウェルトハイマーの研究用図形を模写することを患者に頼んでみたという。こうしてベンダー・ゲシュタルト検査は始まったのである。

 

このテストは9枚の図版に描かれた比較的単純な構成の図形を1枚の用紙に模写するというものであり,記憶-再生などのプロセスを含まないから,難易度は比較的低いものだと考えられる。

 

この検査は第二次世界大戦時には戦傷者の脳機能の働きを見る検査として重宝された。現在,この検査の評価法は,細かい項目を用いて数量化するものと,模写した絵の全体的な崩れ方などを評価する質的なものがある。

 

ローレッタは1955年,ニューヨーク州精神衛生局の技術長官となり,施設に収容されている子どもたちの保護と処置に関する責任を持つことになった。精神科医の立場から彼女は,子どもたちは施設ではなく家庭で育つべきだという結論に達した(野澤, 1996)。これは同時期の児童精神科医・ボールビーらの意見と共鳴してホスピタリズムとその克服の風潮を形成した。

 

ちなみにローレッタは実母が育てるべきだ,と主張しているわけではなく,里親,養子制度を活用して,子どもたちが家庭で育つべきだと主張していたのである。

参考文献

  • Obituaries LAURETTA BENDER A PSYCHIATRIST, 88. New York Times, January 17, 1987.
  • 野澤正子(1996)1950年代のホスピタリズム論争の意味するもの:母子関係論の受容の方法をめぐる一考察.『社会問題研究』45, 35-58.
  • Bender, L.(1938) A visual-motor gestalt test and its clinical use. American Orthopsychiatric Association Research Monographs, 3.

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