この人をたずねて
片山順一(かたやま じゅんいち)
Profile─片山順一
1989年,関西学院大学大学院博士後期課程単位取得退学。博士(文学)。関西学院大学応用心理科学研究センター(CAPS)センター長を兼任。専門は認知心理生理学,心理工学。著書は『意味的な期待の心理生理学』(多賀出版),『生理心理学の応用分野(新生理心理学2)』(分担執筆,北大路書房)など。
片山先生へのインタビュー
─関西学院大学文学部心理科学研究室について教えてください。
日本の私学で一番古く,国立大学を入れても3番目に古い心理学の研究室です。2002年には,応用心理科学研究センター(CAPS)が設立され,基礎研究から応用研究まで広く行っています。現在は文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成事業「情動概念の再構築:心理科学の新たな挑戦」プロジェクトが進行中です。現段階では,様々な感情を喚起する環境を整えたりしています。着任当初は,インタラクション評価システムの開発と応用,ということで,3,4人の集団から同時に脳波を取ってインタラクションの状態を評価していました。
─CAPSでの研究について教えてください。
もともと私はテーマ・オリエンティッドではなく,事象関連脳電位(event-related brain potential,以下ERP)という物差しが大好きなので,ERPで何が測れるか,という興味がベースでした。初めて物差しを持った子どもが喜んで何でも測って回るような,そういう感じですね。そこにインタラクションとか,社会心理学とか,ラットの共感とかポジティブ心理学とか,他の先生方の専門分野に沿ったテーマが出てきて,じゃあERPだと何が測れそうだろうということで,インタラクションから始まり,今は感情です。
─最初にERPの研究をやろうとしたきっかけを教えてください。
学部の頃,生理心理学のゼミにいて,卒論でとある研究所へ行ったんです。居眠り防止という古くて新しいテーマで,非常に退屈な課題をやらせると,パフォーマンスがどんどん下がるんですが,多くの生理指標はこれと同時に変わりました。パフォーマンスの低下を予測する指標を探してたんですが,かろうじて瞬き波形の角度が変わることが分かったんです。これでなんとか卒論を書いたんですが,あんなに大きな変化を予測できない生理指標に魅力を感じなくなって,それで,マスターの1年目は行動実験をやったんです。生理の実験って大変だけど,行動実験はプログラム書いて,お願いしまーすでポーンとやればいい。時間も短いし。でもいくつか実験をやってだんだん面白くなくなってしまって。それに,世界で心理学やっている人はほとんどが行動指標なんで,頭が良くないとできないなと思ったんです。脳波を使っているのは少ないし(笑),ということでマスター2年から生理指標に戻りました。その当時,認知的なことをやっていたというのもあって,出会ったのがERP。先輩にもERPをやっている人がいて,話を聞いて面白いって思いました。マスターで拾ってもらった八木昭宏先生(現・関西学院大学名誉教授)がラムダ反応(ERPの一種)の第一人者。せっかく八木先生がいるんだから,一緒にラムダをやったら1年でも修論が書けるかもってことでラムダで修論を書いて,ドクターで言語のERPをやりました。
学生には反面教師的に「こういうのは良くないよ」って言うんですけど。このテーマに興味があって研究しています,っていうほうがかっこいいし,本来そうあるべきなんだろうと思いますけどね。でも僕はERPにどっぷりです(笑)。
─ERP研究の醍醐味は?
何よりも時間分解能ですね。ミリ秒単位で分かる。それが面白いかなぁ。あとERPに限らず,生理指標は間接的に取れる。分かりやすいのは虚偽検出かな。主観指標では取れないものを見ることができる。それにERPだと複数の成分を同時に見ることができるし。実際はそんなきれいごとではないんだけど,物差しとしては非常に面白い。そのあたりが大好きですね。
─先生は多くの企業と共同研究をされていますが,共同研究を始められたきっかけを教えてください。
ひとつはまさに八木先生。もともと,通産省の研究所(現在の産総研)でそういう仕事をされていてご縁がありました。もうひとつは,心理学で応用っていうと臨床のイメージが強いと思うんですけど,臨床以外にも応用ってあるよ,ということで,多くの人々の生活をより良くするために役立つならいいかなと思って始めました。我々も何かを得たいし,逆に向こうにないものをこちらがどう提供できるかというのを考えながらやっています。基本的にはギブアンドテイク。企業の研究所だと,バックグラウンドが全然違う人がやっていたりするので,違った領域の人たちと出会えるっていう楽しみはあるかな。一緒に実験して,いい結果が出なかったらダメ,ではなくて,ノウハウがあれば自分のところ(企業)でできるので,そのノウハウを提供するっていう面も大きいですね。だからあまり結果に一喜一憂しないことが今までは多いです。例えば,○○に効果があることを示してください,っていうのはサイエンスではないから断りますけど,幸いにもうちに来る話はそういうのではなくて,むしろ教えてくださいっていうノウハウの面が多いですね。産学連携に関わることは院生にもいい経験になります。あくまでサブテーマとしてだけど,ディスカッション等もいい経験になるかなって思っています。
他分野との連携は何より楽しい。凄くクリエイティブな何かが出てきたとかはまだそんなにないけど,楽しい。向こうがこっちの話を聞いて「ああ!」っていうこともある。良い意味でのギブアンドテイクっていう感じですね。あなたもぜひ何かいいテーマ持ってきてくださいよ(笑)。
─若手の研究者に向けたメッセージをお願いします。
頑張って暇になってほしい。暇がないと研究なんかできないと思うんですよ。ある意味本当に,じっくり学べるっていうのをいつまでできるか。時間って,若い人しか持てない贅沢なもの。だとしたら意識的に暇になるべき。その上で研究を楽しんでほしいですね。昨今の業績主義では,ともすれば作業してるだけになる。業績がないと就職できないっていうのは確かなんだけど……。辛いことはもちろん山ほどあるけど,何より楽しんでほしいですね。あと,他領域の人の話をたくさん聞いてほしい。よく,これは関係ないって思って切り捨てちゃうから。
他にもいろいろ言うけど,(先生の立場からすると)自分ができていなかったことを学生に求めて,学生がそれをやると先生を超えていくんだからね(笑)。
インタビュアーの紹介
インタビューを終えて
先生のERP研究に対する情熱を感じることができたインタビューでした。楽しみながら研究をされているということがとても印象的で,果たして自分はここまで楽しみながら研究ができているだろうか?と振り返るきっかけをいただきました。特に,企業内研究所に所属している立場としては,産学連携に関するお話は非常に興味深く聞かせていただきました。また,インタビューだけでなく,CAPS内の実験室など,施設も見学させていただき,その充実した環境に終始興奮しておりました。写真つきでお伝えできないことが残念でなりません。
関心のある研究
臨床心理学をベースとしながら,認知心理学的な考え方を取り入れた研究に興味があります。博士課程では,ストレスコーピングを状況に応じて柔軟に使い分ける能力を取り上げ,その能力と認知機能の関係について研究を行いました。コーピングというのは目で見ることはできませんが,それがどのようなメカニズムによってもたらされているのかを明らかにすることは,メンタルヘルスの保持・増進のために有用であると考えています。その他にも,労働者が活き活き働くためのポジティブな要因についても関心を持っており,研究を行ってきています。いろいろなことに興味を持ちがちな性格で,現職は企業内研究所という特性上,様々な研究テーマが溢れているような環境なのですが,片山先生のように何かひとつ「これだ!」と思えるような軸のようなものを持ちつつ,研究活動を行っていきたいと思っている今日この頃です。
最後になりましたが,貴重なお時間をくださいました片山順一先生,実験施設のご紹介をしてくださいました大竹恵子先生に改めて御礼申し上げます。
Profile─なかむら しづか
西日本旅客鉄道株式会社安全研究所研究員。2010年,関西大学文学部卒業。2016年,広島大学大学院教育学研究科博士課程後期修了。博士(心理学)。同年より現職。専門は臨床心理学,産業保健心理学。論文は「メタ認知と自己注目がコーピングの柔軟性および抑うつに及ぼす影響」(行動医学研究)など。
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