共感の社会神経科学
岡田顕宏
共感には,様々な意味があります。たとえば,相手の心を理解する,相手の立場になって考える,相手と同じ気持ちになる,相手を思いやる,などです。同じ気持ちになることは,相手の理解に役立つこともあれば,相手への思いやりを阻害してしまうこともあります。こういった概念の多義性・多様性は混乱の原因になっていましたが,認知科学や情動神経科学の発展に伴って,共感に含まれる諸々の心理学的機能の神経基盤が解明され,関連する構成概念も整理されつつあります。本書では,神経科学をはじめ,社会心理学・認知心理学・発達心理学・臨床心理学など様々な分野の専門家がその最新知見を紹介しています。なかでも興味深いのが,心理臨床における共感が積極的に取り上げられている点です。ロジャーズによる共感的理解というと,科学的研究とは縁がない印象がありますが,共感に関する神経科学モデルと意外に重要な点で共通していることが指摘されています。共感の働きに興味のある方,これから共感の研究をはじめたいと考えている方に是非読んでいただきたい本です。
笑いとユーモアの心理学何が可笑しいの?
雨宮俊彦
笑いは誰もが経験する人間特有の現象だが,ビアスが「体内で起こる痙攣で,顔の造作を歪めるとともに不明瞭な騒音を伴う。伝染しやすく,断続的に起こるが,治療の方法がない。」(『悪魔の辞典』)と書いたように,客観的に見ると,何のための現象なのか,分からないところがある。一方で,人格心理学のパイオニアであるオルポートは,ユーモアについて,人格的成熟の印などと,きわめて高い位置づけを与えている。
本書では,このように明確な機能をもたない一方で,人格的成熟とも関連する多面的で複雑な笑いとユーモアについて,遊びとして位置づけ,感情心理学の観点から解明のための基本的枠組みの定式化を試みた。原ユーモア・滑稽・機知・(狭義の)ユーモアからなる可笑しみの四段階モデル,ユーモアによるストレス対処の感情調節モデルへの位置づけ,笑いと畏敬の対比,などである。これらの試論に先立って,笑いとユーモアの語義分析,ポジティブ心理学との関連,笑う身体の観察,可笑しみの系譜,ユーモア理論と感情心理学の概観も提示されている。
心理学をまじめに考える方法真実を見抜く批判的思考
金坂弥起
翻訳の最中,「学生時代に読んでみたかった」という,微かな無念さの滲む感慨に何度となく見舞われた。かつての監訳者自身にとっても,何が心理学で何が心理学でないかについての境界線が不明瞭だったので,学生時代に読んでおけば,心理学徒としての自らの地歩をもっと早く,しっかりと固められていたであろうに,と思ったからである。ただの思い上がりかもしれない。しかし,教員になった今も,初学者に心理学者のイメージを問えば,「相談にのってくれそう」という期待と,「心の中を見透かされそうで怖い」「怪しい」といった猜疑とのアンビヴァレンスを引き受けなければならないのである。期待も猜疑も,心理学に対する根本的な誤解に端を発していることは強調されていいだろう。誤解したまま去っていく学生がいるとすれば,何とも遣り切れない。そうした心理学教育の宿命的な窮状において,誤解を解くための僥倖となる1冊である。学生に勧める前に,まずは教員の方々に読んでみていただきたい。今よりももっとまじめに,初学者に親切になれるかもしれない。
保健医療・福祉領域で働く心理職のための法律と倫理
津田 彰
本書は,一般社団法人日本健康心理学会創設30周年を記念して企画された「保健と健康の心理学 標準テキスト」全15巻シリーズの先陣を切って公刊された。本年9月の公認心理師法の施行に向けて,心理職の業務が法体系に支えられることになったのを契機に,現場で準拠すべき法律と倫理を包括的に取り上げたテキストである。
当該分野の類書はこれまでも数多く出版されているが,公認心理師の活動と関連づけつつ,その職務と業務について関係法規から書かれたものはまだ見当たらない。この意味で,医療関係資格法から公認心理師の位置づけを説明したり,保健医療や福祉分野における心理的支援の介入が準拠すべき法律・関係法規を網羅的かつ包括的に解説した本書は貴重と考える。
心理学界とその隣接領域で活躍する総勢約40名の執筆者が,臨場感溢れる文章で記述しながら,現場の切実な問題とその方策を提起し,説明している。本書が,公認心理師の教育と訓練の絶え間ない努力に向けた教材として大いに活用され,ひいては心理職の地位向上につながることを期待する。
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