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私の犬バカ日誌

長谷川壽一
東京大学大学院総合文化研究科 教授

長谷川壽一(はせがわ としかず)

Profile─長谷川壽一
日本心理学会理事長。専門は動物行動学・進化心理学。著書は『進化と人間行動』(共著,東京大学出版会),『ソーシャルブレインズ』(共編,東京大学出版会),『心の発生と進化』(監修,新曜社)など。

私の標準的な一日は,朝6時から7時半まで,2頭のイヌ(スタンダード・プードル)との散歩で始まります。自宅から折々の季節の気配を探しながら代々木公園のドッグランまで20数分,そこで30分ほどワンコを遊ばせて,帰りは少し遠回りしてゆっくりと家路につく,そんな毎日です。

2頭のワンコのうち上のキクマル(短くキク)は,今年13歳のお爺ちゃん。穏やかで外向的な性格で,すれ違うたいていのワンコに尻尾を振ってハローのシグナルを送ります。

キクは,飼主が東大駒場の教員,白い大型犬,奥渋(渋谷のはずれ)暮らしという条件を満たす忠犬ハチの後継者であることが自慢です。このあたりの話は,『東大ハチ公物語』(東京大学出版会,2015年)に「めざせ先輩犬ハチ」というエッセイをキク自身が寄稿しました。親(私)が東大教養学部長時代には,キクはほぼ毎日,学部長室に出勤し,たくさんの学内会議にも吠えることなく陪席しました。3.11のあの日には,親と一緒に大学に泊まり込み,構内の安全確認,学生・教職員の安否確認,都心からの帰宅者支援を「補佐」しました。

キクとのあうんの異種間コミュニケーションはそれ自体とても面白いのですが,キクの実家の菊水健史さん(麻布大)らのScience誌論文によれば,私とキクの身体の中ではオキシトシン(養育や共感性に関わるホルモン)を介したポジティブループが形成されているようです。

キクとの二者間関係にとどまらず,他のワンコとその飼主さんたちとのソーシャルネットワークも一気に拡大しました。春のお花見や代々木八幡の秋の例大祭には,ワンコ仲間が大集合します。代々木公園の太極拳やラジオ体操のメンバーとも,キクを通じてみんな友だちです。ネットで,kikulog&プードルで検索してもらうと,キクと私の日記が綴られています。

さて,下の子は今年2歳のコギク(通称,コギ。韓国語だとプルコギのコギで肉の意)です。キクの姪の息子で,体毛は黒。まだ若く腕白でいつも溌剌に跳ね回っています。性格は,キクの正反対,勝気でけんかっぱやく,気に入らない他のイヌには噛みつく癖があるので,飼主としては目が離せません。反面,ひどく寂しがりの甘えっ子で,獣医行動学でいう分離不安傾向があります。人間でいえば典型的な次男坊といったところでしょうか。ヒトの子育てをしたことのない連れ合いは,やんちゃなコギにころりとやられて,オキシトシンのスイッチが入ってしまったと言っています。

キクとコギの社会関係を見ていると,私の研究対象だったニホンザルやチンパンジーの二者間関係と比べて,はるかに「対等」です。餌やおやつで争うことはほとんどなく,同じボウルで顔を突き合わせて一緒に水を飲みます。散歩でもよく寄り添って歩きます。祖先種のオオカミのパック(群れ)生活を引き継いでいるのでしょう。兄弟げんかは,お気に入りのおもちゃをめぐる争いくらいですが,そのけんかも後をひきません。一応,年少のコギがキクを立て,一日に何度も挨拶(鼻キッス)しに行きます。挨拶行動は霊長類でもよくみられますが,その頻度はイヌの方がずっと多いように思います。

近年の比較認知科学研究で明らかなように,イヌはヒトからの社会的シグナルに敏感で,共同注意や指さし課題ではチンパンジーより優秀な成績を修めます。オオカミとイヌの比較研究によれば,イヌはオオカミよりはるかにヒトのコマンドに従順です。そのあたりが「ネコ派」の人にとっては,へつらいに映るのかもしれませんが,ヒト=イヌの進化史ではこのようなパートナーシップを通じて,ヒトはイヌから大きな恩恵を受けてきました。イヌはヒトのおこぼれに与りながら,番犬,狩猟犬,使役犬,伴侶犬としてヒトに恩恵を与えてきたのです。

私自身の生活に戻れば,ワンコとの日々のおかげで,日々平均15,000歩を数え,定期健診はほぼ満点,ヘルスメータが示すからだ年齢は実年齢マイナス18歳です(プチ自慢)。私にとってキクとコギは,飼い犬,子どもという縦の関係ではなく,親友ということばがピッタリです。

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