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【小特集】

私たちは言葉を学ぶように 音楽も学ぶ

松永理恵
神奈川大学人間科学部人間科学科 准教授

松永理恵(まつなが りえ)

Profile─松永理恵
北海道大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(文学)。静岡理工科大学専任講師などを経て,2017年より現職。専門は音楽の認知科学。著書は『基礎心理学入門』(分担執筆,培風館)など。

言語理解には言語に関する知識が必要であるのと同じく,「音の並びを音楽的存在(メロディ)として理解する」には音楽に関する知識が必要である(阿部, 1987)。では,私たちは音楽の知識をどのように学習するのだろうか。

この疑問に答える前に,比較として,人間が言語をどのように学習するのかを考えてみよう。普通の人でも,自分の体験を慎重に振り返っていくことで,人は育つ環境の中で使われる言語を聞くうちに自然とその言語の知識を身につけていく,ことに気づくであろう。では,音楽の学習はどうだろうか。結論を先に言うと,音楽の学習の最も基礎的な部分は言語のそれと同様である。すなわち,人は育つ文化環境の中で使われる音楽を聞くうちに自然とその文化の音楽の知識を身につけていく。だが,言語と異なり,普通の人はこのことを体験的に理解し難い。そのためか,世間一般には(ときには他領域の心理学者でさえも),「音楽は専門家でなければ理解できない」,「音楽は国境を越えて理解できる」という思い込みが広く行き渡っている。

さて,この時点に至るまで,ごく大雑把に音楽の知識と述べてきたが,それは拍節の知識と調性の知識に分けられる(阿部, 1987)。本稿では,後者の調性の知識(以下,調性スキーマと呼ぶ)に焦点を当て,その学習過程の最も基礎的な部分を,専門的な音楽教育訓練,文化,発達の3つの観点から考えてみたい。

専門的な音楽教育訓練

調性スキーマは,音楽の専門的な訓練を受けた聞き手(音楽家)と受けていない聞き手(素人)の間で本質的に違うのだろうか。この疑問を検討するためには,音楽家と素人に同じ音列を聞かせ,彼らの知覚した調性が同じか違うかを比較すれば良い。だが,このことを実験的に検討するのは難しい。なぜならば,音楽家しか自分の知覚した調性を言葉で説明できないためである。そこで,素人の調性知覚をも測定できるように開発されたのが,終止音導出法(阿部,1987)である。これは,経験的に知られていた「音列の最後の位置に自分の知覚している調性の中心的な音が出現すると,聞き手はまとまりの良く終わった感じがする」という現象を利用した方法であり,具体的には,音列を呈示した後,実験参加者にピアノの鍵盤を使用して終止音を産出させる。この方法を使って,松永・阿部(2005)は,音楽家と素人に同じ音列群を聞かせ,両群から終止音反応を得たところ,その反応パターンは両群の間で似通っていた。このことは,音楽家と素人が基本的には同じ調性を知覚していたことを意味する。このことから,調性スキーマは,音楽家と素人の間に本質的な違いはないこと,専門的な教育訓練を受けることで初めて学習される特別なスキルではないことが分かる。

図1 米国人,日本人,中国人,ベトナム人,インドネシア人の間の「個々の音列に対する調性知覚反応の類似性」を算出し,その類似性に対して多次元尺度構成法を施して得たマップ。左は西洋音楽を聴いた時の結果,右は日本伝統音楽を聴いた時の結果(松永ら,2017aより修正の上,引用)。 図1 米国人,日本人,中国人,ベトナム人,インドネシア人の間の「個々の音列に対する調性知覚反応の類似性」を算出し,その類似性に対して多次元尺度構成法を施して得たマップ。左は西洋音楽を聴いた時の結果,右は日本伝統音楽を聴いた時の結果(松永ら,2017aより修正の上,引用)。
図1 米国人,日本人,中国人,ベトナム人,インドネシア人の間の「個々の音列に対する調性知覚反応の類似性」を算出し,その類似性に対して多次元尺度構成法を施して得たマップ。左は西洋音楽を聴いた時の結果,右は日本伝統音楽を聴いた時の結果(松永ら,2017aより修正の上,引用)。

文 化

言語と同じく,音楽の音階も文化によって異なる。この違いは聞き手の調性知覚に差異をもたらすのだろうか。例えば,音楽文化が異なる米国人,日本人,インドネシア人がいて,彼らにある音列を呈示した時,彼らは同じ調性を知覚するだろうか,それとも,異なる調性を知覚するだろうか。もし世間一般の「音楽は国境を越えて理解できる」という考えが正しければ,文化が違っても,聞き手の知覚する調性は同じになるはずである。では,実際はどうなのだろうか。

このことを多角的に調べた研究を紹介しよう。米国においては,西洋音楽が広く行き渡っている。現代日本も米国と同じく西洋音楽文化圏に含まれるが,西洋音楽とともに日本伝統音楽も存在する。中国,ベトナム,インドネシアでは,それぞれに固有の伝統音楽が存在する。松永ら(2017a)は,このように音楽文化の異なる米国人,日本人,中国人,ベトナム人,インドネシア人に,同じ音列を聞かせ,終止音導出法の変形版を用いることで,彼らから調性知覚反応を得た。図1は,各文化群の間の「個々の音列に対する調性反応」の類似度を算出し,その類似度に対して多次元尺度構成法を施すことで得たマップである。似通った調性反応を示した文化群は,マップ上では近くに配置される。

最初に,西洋音楽の音列に対する結果を見てみよう(図1左)。マップ上において日本人と米国人の距離は非常に近いが,残り三つの文化群の間の距離は遠い。このことは,西洋的な音列に対して,日本人と米国人は似通った調性を知覚したが,残り三群は他の群とは異なる調性を知覚したことを意味する。日本人と米国人の反応の類似性は,彼らが共に,西洋音楽の調性スキーマを有しているという別の研究知見と一致する。次に,日本伝統音楽の音列に対する結果を見てみよう(図1右)。マップ上において,各群間の距離は互いに遠い。別の研究結果から,日本人は,西洋音楽の調性スキーマと共に,日本伝統音楽の調性スキーマも有していることが確認されている(日本人のバイミュージカル脳については,松永ら, 2012, 2014が詳しい)。これを踏まえると,日本音列に対して,日本人は日本的な調性を知覚したが,それ以外の文化群は日本人とは異なり,独自の調性を知覚したと推測される。

松永ら(2017a)の結果は,同じ音列を聞いても,文化が違えば,聞き手の知覚する調性は異なることを明確に示す。このことから,聞き手は自身の文化に固有の調性スキーマのもとに調性処理を行っていると推測される。調性スキーマは,メロディ認識の一大基盤である。そこに文化差があるということは,どのような音列をメロディとして認識するのか,という側面にも当然,文化差がある。

専門的な音楽教育訓練の有無によって,学習される調性スキーマの本質が違ってくるわけではない。調性スキーマの本質に大きな違いをもたらすのは,文化という単位である。要するに,人は,言語と同じように,取り巻く文化的環境の中でたくさんの音楽を浴びることで自然に文化特有の調性スキーマを身につけていく,ということである。

発 達

調性スキーマの学習過程により迫っていきたいところだが,残念なことに,これ以上のことはあまりわかっていない。現在のところ,西洋音楽文化圏に育つ北米の子どもが調性スキーマのどの特徴をどの順に学習していくのかという現象と,その現象は音高の統計学習能力に依存する部分が大きい,ということが明らかになっている程度である(学習現象をシミュレートできる計算モデルとしては,松永ら,2015)。調性スキーマは文化に大きく規定される。ならば,その学習の仕組みの理解には,文化普遍的な側面と文化特異的な側面を区別した説明が望まれる。それを目指す取り組みの一つとして,現在,日本人の子どもがどのようにして西洋音楽と日本伝統音楽というバイミュージカルなスキーマを学習していくのか,についての研究が進められている(松永ら, 2017b)。

文献

  • 阿部純一(1987)「旋律はいかに処理されるか」波多野誼余夫(編)『音楽と認知』東京大学出版会 pp.41-68.
  • Matsunaga, R. & Abe, J.(2005)Music Perception, 23, 153-164.
  • Matsunaga, R., Hartono, P. & Abe, J.(2015)Frontiers in Psychology, 6, 1348.
  • 松永理恵・Pitoyo Hartono・横澤宏一・阿部純一(2017b)「日本音楽知覚認知学会平成29年度春季研究発表会資料」35-39.
  • Matsunaga, R., Yasuda, T., Johnson-Motoyama, M., Hartono, P., Yokosawa, K. & Abe, J.(2017a)Proceedings of APSCOM 6.
  • Matsunaga, R., Yokosawa, K. & Abe, J.(2012)Neuropsychologia, 50, 3218-3277.
  • Matsunaga, R., Yokosawa, K. & Abe, J.(2014)Neuropsychologia, 54, 1-10.

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