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心理学史の中の女性たち

サトウタツヤ
立命館大学総合心理学部教授。学校法人立命館・学園広報室長。日本心理学会教育研究委員会資料保存小委員会委員長。データに基づかない強固な信念のうち,正しいモノもあるのでしょうが,間違っているモノも多いはず。データの力で偏見を打ち砕くのが心理学者の仕事の一つかもしれません。

サトウタツヤ

ローレッタ・ベンダー

リタ・ホリングワース

Hollingworth, Leta(1886-1939)
http://yegs.org/yegs-hall-of-fame-leta-hollingworth-1886-1939/

http://www.feministvoices.com/leta-hollingworth/
http://www.feministvoices.com/leta-hollingworth/

リタ・ホリングワースはネブラスカでStetter家に生まれた。ハリー・ホリングワース(Harry Hollingworth)との結婚を機にニューヨークに移り住んだ。ハリーが大学院生である間は仕事を続けようとしたが,当時のニューヨークの公立学校では既婚婦人が働くことは非合法だったため,職にもつけずウツウツとしていた。やがて夫・ハリーが研究資金を得たため,リタはコロンビア大学のソーンダイクのもとで大学院生となった。博士論文のテーマは月経中の女性の作業パフォーマンスの問題である。彼女は,女性が月に一度作業的に劣るという主張は,妥当性がなく女性の職業進出を妨げるための誤った主張だと考えていてそうした主張をデータで覆そうとしたのである。

 

彼女の考えや研究は,その当時勃興したフェミニズムと一致していた。リタは参政権拡張論者であったから,そうした主張のグループに属していた。「Heterodoxy Club」というグループにも属しており,そこにはアメリカ共産党の創始者・ストークス(Rose Pastor Stokes),フェミニストライターのギルマン(Charlotte Perkins Gilman),産児制限運動のデネット(Mary Ware Dennett)などがいた。リタはこれらの人々に比べれば穏健派であったが,活動の中でリタはフェミニズムの主張を裏づけるのに心理学のデータが有効であることに気づいていく。

 

彼女は知能に関するさまざまな研究をレビューして,女性が知的に劣っているとする証拠はないと結論づけた(Lowie & Hollingworth, 1916)。そして,女性の活躍の場が制限されている社会は不自然だと非難したのである。「女は女に生まれない,女になるのだ」というフレーズで著名なシモーヌ・ド・ボーヴォワールの『第二の性』が出版されたのが1949年であるから,それに先立つこと30年ほど前に,リタは作られた性別としてのジェンダーという考え方に通じるような問題意識を持っていたと言えるだろう。

 

リタの心理学者としての活躍もめざましいものがある。1917年にはアメリカ心理学会とは独立の組織であるアメリカ臨床心理学者の会の設立に尽力した。彼女は知能が高い子どもたちの発達に関心を持ち,1926年には『才能に恵まれた子どもたち(Gifted Children)』を出版した。また,1928年には『青年期』を出版した。この書において彼女は12〜20歳の時期の青年は家族の監督から離れようとするものだとして,青年期を心理的離乳の時期だと指摘した。

 

リタは,1939年,ガンのため53歳の若さで亡くなった。死後,夫のハリーが『Children Above 180 IQ』という本を出版した(1942)。この本はリタが12人の高IQ者を対象に1916年から続けてきた経時的研究である。リタは,高いIQを持つ子どもたちが(一般に思われているように)壊れやすかったりエキセントリックだったりするわけではないということを記述し,むしろ大人たちから「常に充足している子どもたち」と見られることによって不適切な扱いをされていると訴えた。死後になってもなお,子どもたちの幸福を願っていた,それがリタ・ホリングワースの心理学なのではあるまいか。

参考文献

  • Obituaries LAURETTA BENDER A PSYCHIATRIST, 88. New York Times, January 17, 1987.
  • 野澤正子(1996)1950年代のホスピタリズム論争の意味するもの:母子関係論の受容の方法をめぐる一考察.『社会問題研究』45, 35-58.
  • Bender, L.(1938) A visual-motor gestalt test and its clinical use. American Orthopsychiatric Association Research Monographs, 3.

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