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裏から読んでも心理学

宇宙と君のあいだ

慶應義塾大学文学部 准教授

平石 界

 

自分もいい年だし,スカイツリーも開業5年だし,さすがに年貢の納め時かなと,東京タワーに登ってきました。外階段を上るなどという蛮行は避けて安楽にエレベーターで地上150メートルへ。目の前に広がる夜景。さすが東京,360度全方位の圧倒的な街の広がりです。お約束で自宅を探しましたが見つかるわけもなく,せいぜいあの辺りが職場かなと分かった程度。帰ってから某Gマップでビル群の方角と位置を確認して満足することにしました。

 

Gマップには本当に感謝していて,時々ふいに「今日,◯◯で食事されましたね」とか言われると「また今日も個人情報を切り売りしてしまった……」と嘆息するものの止められません。まぁ自分ごときのつまらん情報,大した役には立たんだろうと高をくくっていたのですが,数は力。Althoffさんたち(2017),世界規模での運動不足蔓延の原因を調べるために,70万人分のスマホのGPSと加速度情報を分析しました。普段,数十人とか数百人のデータを扱っている者にはため息が出る力技です。

 

なかなか興味深い結果で,運動不足の国で肥満が多いとも限らない。より関係が強かったのは国内での運動量格差なんですね。例えば差の小さい国の筆頭として日本が出てくるんですが,皆が比較的せっせと歩いている。「万歩計」の名前が元で「一日一万歩」という目安が特に根拠もないままグローバルスタンダードになったなんて話もあるみたいですし,さすがです(Servick, 2015)。

 

格差があるとなぜ肥満が増えるのか。そういう国では女性の運動量が特に減りがちだから,と言うんですね。その理由がまた気になるんですが,それは書いてない。ただ,都市の「歩きやすさ(walkability)」が運動量格差につながってるそうです。お店が多いと歩きやすいという話もあり(Sallis, 2016),なんとなく勝手に納得してしまう感じがあります。ステレオタイプ丸出しですが。

 

もっとも,GPSで個人情報を切り売りしなくても,基地局だって虎視眈々と我々の位置を把握してますよね。それを使ってBlumenstockさんら一派(2015),ルワンダの携帯ユーザ150万人のデータを分析しました。まず900人位のユーザに「お宅に電気きてます?」とか「バイク持ってます?」といった電話インタビューをして経済状況を割り出す。それとその人の携帯利用パタンの関連を調べることで,携帯利用歴から収入を予測する方法を開発したんですね。これがまぁ,かなり良いものができてしまった。例えば,利用歴からその人の家に電気が来てるか予測してみる。それで夜間の衛星写真を見てみると,ちゃんとそこに明かりが点いてる。さすがに個人宅まで分かったわけではなく0.55キロ平米単位での分析ですが,ルワンダって中国地方くらいの広さありますからね。それを約740m四方に区切った上で,「この枠に明かりがあるはず!」ってのが分かってしまう。通話場所と通話時間くらいの情報から,なんでそこまで分かっちゃうの? 残念ながら「予測が狙いで作ったものだから,仕組みは良く分からない(意訳)」とツレナイ論文でした。

 

人類が宇宙に進出してから50年。宇宙旅行をした人はまだ数えるほどですが,個人情報はすでに,電磁波にのって地球上を飛び回っているんですね。宇宙からの電波を捕まえて自らの立ち位置を知り,それがまた電波となって飛んでどこぞのサーバに溜め込まれる。一方であなたの発した光を宇宙のカメラが見つめてもいる。そんな時代でもまだ君は,あいつの正体を知ることもなく冷たい雨に打たれて泣いているのでしょうか。

Profile─ひらいし かい
慶應義塾大学文学部 准教授。
東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。東京大学,京都大学,安田女子大学を経て,2015年4月より現職。博士(学術)。専門は進化心理学。

平石界

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