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母校で取るサバティカル
辻 竜平(つじ りゅうへい)
Profile─辻 竜平
東京大学大学院人文社会系研究科社会心理学研究室助手,明治学院大学心理学部専任講師・助教授・准教授,信州大学人文学部准教授・教授を経て,2017年より現職。専門は社会ネットワーク分析。著書は『中越地震被災地研究からの提言』(ハーベスト社),『ソーシャル・キャピタルと格差社会』(共著,東京大学出版会)など。
前任校でサバティカルを2016年度後期の半年間もらえることになりました。しかし,半年というのは,いかにも短いものです。そのため,少しでも有意義な時間を過ごそうと,母校でサバティカルを取ることにしました。私の母校は,カリフォルニア大学アーバイン校(UCI)です。LAから車で1時間ほど南下したアーバイン市にある州立大学です。地中海性気候で,年間を通じて雨はほとんど降らず,ビーチも近い,まさにこの世の天国といったところです。
今回の渡米の目的の一つが,日系人や米国在住の日本人の生活や交流について観察したり体験したりすることでした。トランスナショナル・コミュニティが,私の専門である社会ネットワーク理論の観点からどのように捉えられそうかを考えるきっかけにしたいと思ったのです。そこで,以前からの日本人の知人宅に安値で居候させてもらうことになり,ミドルクラスの生活や,ホスト宅内外のパーティ,ホストの所属集団における交流を垣間見ることができました。日本人と日系人との小さからぬ断絶の話も聞きました。2016年の大統領選挙のことで日系誌に記事を書いたり,日本の補習校あさひ学園で高校生を相手に講演したりしました。また,近年資料館などが充実している満砂那の日本人収容所跡地の訪問もしました。いずれも貴重な経験でした。
慣れているはずと思っていた米国生活でしたが,20年もブランクがあると,大いに変わっているものです。驚いたことをひとつ。銀行のIT化は日本以上に進んでいました。いくつかの大手銀行間では,相手の口座番号がわからなくても送金ができてしまいます。スマホに登録されているメールアドレスや住所など複数の情報が,銀行が持っている情報と一致すれば,本人と認証され,送金ができるという仕組みです。アメリカ人の少しでも便利なサービスをという先取の精神は,まだまだ見習うところがあるように思います。
さて,UCIは,私が専門としている社会ネットワーク分析においては,世界的な拠点の一つです。私が大学院生だった頃には,中心性指標で有名なLinton Freemanがおり,大学院のプログラムの一つとして社会ネットワーク分析プログラムがありました。現在は,社会ネットワーク分析の最も読まれている教科書を編んだKatherine Faustや,私と同世代の気鋭Carter Buttsがいます。現在は数理行動科学研究所(MBS)の大学院プログラムの一部門として,社会ネットワーク分析が位置づけられています。
私はフォーマルな授業ではなく,週に1度,ランチを食べながら大学院生や教員が自分のアイディアを発表する「社会ネットワーク・リサーチ・グループ」に参加していました。自分のちょっとしたアイディアを気軽に報告して叩いてもらうといったグループです。大雑把な感想ですが,いわゆるホール・ネットワークを扱う分析においては,伝統的に理論的かつ高度なモデルの開発が行われており,その領域から長い間離れてしまった自分には,ちょっと簡単には追いつけないなという感じがしました。一方,パーソナル・ネットワーク研究については,手法をはじめ,われわれ日本人が悩んでいることを,向こうでも同じように悩んでいることを知り,この領域についてはそれほどレベルの違いは感じられませんでした。違いがあるとすれば,さまざまな領域の研究者とのコラボレーションによってさまざまな手法が編み出されていくフレキシビリティが高いことかと思いました。
最後に,半年という短い期間に「本拠地」で研究をするのは,やはり楽なものです。近年,サバティカルが半年だけしかないという話をよく聞きます。引っ越しも勝手知ったる街だと簡単ですし,以前と比べて何が変わったかに気づくことも多いと思います。本拠地を定めることで,半年でもこれだけのことが経験できるという参考になれば幸いです。
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