誤解の心理学コミュニケーションのメタ認知
三宮真智子
誤解には,笑って済ませられるものだけでなく,人間関係に暗い影を落とすものがあります。本書は,コミュニケーションにおける「誤解」という現象に着目し,多様な誤解事例を紹介するとともに,心理学を中心に,脳科学,言語学,文化論の知見をもとに,誤解がなぜ起こるのかを解き明かす本です。
誤解を考えるためには,コミュニケーションを客観的に眺めること,すなわちコミュニケーションに対するメタ認知が欠かせません。そうした理由から,本書に通底するのは「コミュニケーションのメタ認知」であり,メタ認知を促す演習授業の実例も紹介しています。
誤解は,避けて通ることのできないものですが,見方を変えると,これほど興味深い現象はないと言えます。積極的に誤解と向き合い,誤解を引き起こす原因を探ることによって,心のメカニズムが明らかになるはずです。人間関係にいたずらに臆病になるのではなく,誤解についてのメタ認知的知識を蓄えた上で積極的に人とコミュニケーションをとることによって,誤解をも克服する力を身につけることができるでしょう。
つじつまを合わせたがる脳
横澤一彦
高校生を読者層の中心と想定する岩波科学ライブラリーの1冊ですが,心理学の面白さに触れるきっかけになることを願いつつ書きました。ただし,そのような読者層を意識したつもりでも,編集者からは文章が難しすぎると書き直しを求められ,必ずしもグラフが内容を分かりやすくするわけではないとのアドバイスに従い,結果としてグラフや表が1つもない本に仕上げました。代表的な心理現象を知っていただくために,ラバーハンド錯覚,マガーク効果,変化の見落とし,色嗜好などを各章の導入として取り上げています。このような現象ならばすでに知っている方も多いかもしれませんが,ラバーハンド錯覚に温度感覚も伴い,マガーク効果と腹話術効果は独立であり,変化の見落としは逐次探索の中で生起し,色から連想される物体の違いで日米ではかなり色嗜好が異なることなどは,我々の研究グループの成果の紹介です。このような統合的認知の本質は,様々な情報が食い違う脳内での,瞬時で総合的な判断であり,それを「つじつまを合わせたがる」と表現し,書名としました。
批判的思考と市民リテラシー教育,メディア,社会を変える21世紀型スキル
楠見 孝
本書は,批判的思考と市民リテラシーが,21世紀の市民が直面する様々な問題の解決のために果たす役割を心理学,哲学,情報学などの分野から検討したものです。
第1部「批判的思考と市民リテラシーの基盤」では,心理学と裁判,哲学,神経科学の観点から,基礎事項と近年の理論的展開を解説しました。第2部「批判的思考と市民リテラシーの教育」では,批判的思考と市民リテラシーを育成する教育方法について,大学と小学校における実践例を取り上げました。第3部「社会における市民リテラシーと情報信頼性評価」では,批判的思考によって支えられている市民リテラシーに関わるテーマとして,市民が現在直面している問題を事例として,人口,選挙,東日本大震災,リスク,医療,ネット上の群衆の思考や情報信頼性などを取り上げました。
本書を通して,市民が批判的思考と市民リテラシーをもつことの重要性,そのための教育,そして市民をとりまくメディアや社会が変わる必要があることを「批判的思考研究の最前線」からお伝えできたらと考えています。
心理カウンセラーと考えるハラスメントの予防と相談大学における相互尊重のコミュニティづくり
杉原保史
ハラスメントの予防と相談というテーマについては,法律家や社会学者の発言が目立ち,心理学者の発言は低調です。
実際,新聞報道された処分事案を弁護士さんが次々に紹介するようなハラスメント予防研修はよくあります。しかし,ウェグナーの皮肉過程理論からしても,ブレームの心理的リアクタンスの理論からしても,「○○してはいけません」というメッセージを強く与えることは逆効果になる可能性が高いと言えるでしょう。ポジティブ心理学の視点に立てば,ハラスメントをしないという消極的な目標を掲げるよりも,尊重や共感といった人間関係における価値を深く胸に刻むことの方が重要です。ジンバルドーの監獄実験とルシファー効果の視点は,ハラスメントは特別な悪人だけがするものではなく,ごく普通の人が誰でもなしうるものだという理解をもたらしてくれます。
単に禁止事項を挙げるのではなく,こうした心理学的な啓発活動を通して,コミュニティにおいて無関心な傍観者を減らし,意識の高い関与者を増やしていくことがとても大切だと思います。