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心理学ライフ

へっぽこ漫画家の苦悩

上田彩子
理化学研究所脳科学総合研究センター 研究員/漫画家

上田彩子(うえだ さやこ)

Profile─上田彩子
日本女子大学大学院人間社会研究科博士課程後期修了。専門は認知心理学。著書は『「恋顔」になりたい!』(講談社)など。講談社webマガジン 「クーリエジャポン」で『ラボライフ!』連載中。

  

私は,現在,ポスドクという立場で心理学ライフを送る傍ら,兼業で12ページの月連載漫画を描く,漫画家ライフを送っております。平日はポスドク,土日は漫画家といった,ざっくりした棲み分けの二足のわらじライフを始めて,かれこれ1年ほどになります。

 

学会等で初めて会った方にそういった旨のことを言うと,「面白いことやってますねえ!」などと目をキラキラさせて驚いていただけるのですが,そこで,「どうだ!」と調子づいてしまうと,大抵は,この後,痛い目にあいます。というのは,「漫画」というキーワードが想起させる典型的なイメージが,私が描いているものと,また,「漫画家」に対して抱く期待が,私自身と大きくかけ離れているからです。

 

日本漫画が,アメリカンコミックスだとかバンデシネだとかいった,いわゆる海外漫画とは,表現方法などの面でかなり異なることはよく知られたことですが(代表的なものとして,オノマトペがあります),ジャンルが細分化されているというのも特徴のひとつです。子供の時に誰もが一度は教科書の片隅に描くであろう,1コマ漫画や4コマ漫画に対して(風刺画やサザエさんをご想像ください),自由なコマ割りで,複数ページにわたって何かしらのストーリーを表現する漫画を「ストーリー漫画」と呼びますが,このストーリー漫画のジャンルがまた多い。少年漫画に代表的な冒険もの,バトル・アクションもの,スポーツもの,推理もの,ギャグ,日常もの,少女漫画に代表的な学園もの……。挙げればキリがないほどです。

 

経験的に言わせていただくと,一般的に,「漫画」と聞いてみなさんが想像されるのは,国内外でヒットしているような,「ザ・少年向けストーリー漫画!(ドラゴンボールなどをご想像ください)」で,「漫画家」と聞いて想像されるのは,そうした作品を生み出した偉大な作家さんであるご様子。必ず,「連載雑誌は?」や,「ペンネームは?」や,「稼いでいるのでしょうね?」などと矢継ぎ早にお尋ねになります。そうなると,私のほうは,言わなければよかったような気がし始めます。

 

私が描いているのは,4コマ漫画をストーリー漫画に少し寄せた程度の日常もの(イラスト参照)で,主人公たちがグランドラインを目指すこともなければ,新しい能力の開花もバトルもなく,素敵な恋敵も出てきません。加えて,本名で活動している肩書きばかりのへっぽこ漫画家なので,実は誰もが聞けばわかるようなペンネームだったりして,「あの作家さんがあなただったのですか!」というミラクルも起こりえません。そう白状すると,みなさんお優しいので「そうなのですね」と頷いてくださるのですが,やはり若干の落胆は見て取れます。このときばかりは,「ごめんなさい!」という気持ちが,一抹のむなしさと共に胸に去来します。大変心苦しいのですが,連載漫画家のなかで,売れているというのは極めてレアなケースであるということをご理解いただければ幸いです。

 

つらつら恨み言を並べてしまいましたが,一方で,自己紹介のネタに漫画を使うことを後悔したことは,実は一度もありません。というのは,心理学ライフを送っておられる方の多くは,興味深いことに漫画をひとつの研究対象としてみなされていて,大抵は,「なぜひとは漫画を面白いと思うか」という問いをリサーチクエスチョンに置いたディスカッション大会に発展してしまうからです。そして,それがとっても面白い。研究テーマとして取り組んでみたくなるし,漫画の方でも表現として何かチャレンジしてみたい気持ちになります。2足のわらじを履いていてよかったなあ!と思う瞬間です。これからもこの2足のわらじライフを楽しみたいと思います。

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