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【小特集】

ASD 者を中心とした発達障害者 の職場での合理的配慮

梅永 雄二
早稲田大学教育・総合科学学術院 教授

梅永 雄二(うめなが ゆうじ)

Profile─梅永 雄二
1987年,筑波大学大学院修士課程教育研究科障害児教育専攻修了。博士(教育学)。専門は職業リハビリテーション、発達障害臨床心理学。著書は『よくわかる大人のアスペルガー』(主婦の友社),『キャリア支援』(本の種出版)など。

A S D ( Autism Spectrum Disorder:自閉スペクトラム症)者は一般に中枢性統合および実行機能に困難さを抱えているといわれています。中枢性統合とは全体を把握できる能力のことで,ASD者は同時に複数の情報が把握できないため,中枢性統合が弱いといわれます。そのため,多くの情報をまとめることができず一部のみに焦点を当ててしまい,詳細なことにこだわってしまう「シングルフォーカス」とか「トンネルビジョン」と言われる状況になってしまいます。

また,実行機能とは,「いつ,どこで,何を,どのような手順で行うかを把握できる能力」のことで,先の見通しを持って行う能力です。実行機能に障害があると,衝動的に行動してしまう,刺激に敏感に反応するといった状況を呈してしまうことがあります。ASD者の衝動性などは,この実行機能の弱さから生じているといわれています。そのため,ちょっとした刺激があると思考や判断が入らず衝動的に反応してしまうのです(ビソネット,2016)。

以上のようなASDの特性は就労といった場面で様々なトラブルを生じる可能性が出てきます。よって,ASD者にはASD者に合った職場での合理的配慮を行う必要があります。

ハードスキルとソフトスキル

職業リハビリテーションの用語にハードスキルとソフトスキルという言葉があります。ハードスキルとは「教えられる能力」または「たやすく数量化できる能力」のことで,本で勉強したり学校で学ぶことができ,職場での作業を学習するようなスキルです。例えば,外国語の学習,学歴や資格の取得,タイピングのスピード,機械操作,コンピュータのプログラミングなどの「職業能力」といわれるものに相当します。このようなスキルについては,人事担当者や雇用主も履歴書等で確認できます。

一方,ソフトスキルとは,数量化するのが困難なスキルであり,一般に「People Skills」とか「人との関わりスキル」として知られています。遅刻をせずに職場に行く,身だしなみを整える,職場のルールやマナーを守る,適切に昼休みの余暇を過ごす,金銭管理ができる,適切な対人関係ができるなど仕事には直接関係しないものの,間接的に影響を与える「職業生活遂行能力」とでもいっていいでしょう。具体例としては,コミュニケーション,柔軟性,リーダーシップ,モチベーション,忍耐力, 説得力, 問題解決能力,チームワーク,時間管理,職業倫理(労働観)などが該当します。ASD者の中には,職場に合った服装,髪の毛,体臭(口臭)予防,髭剃り,爪切りなどの身だしなみの自己管理や,遅刻をしないなどの時間管理,適切な余暇の過ごし方,炊事,洗濯,掃除,買い物などの家事に困難を示す人がいます。とりわけ職場で問題となる可能性が高いのは,同僚上司に対する挨拶,ミスをした際の報告,トイレに行く際の許可を得るなどコミュニケーションを含む対人関係場面です。

職場での合理的配慮

職場での合理的配慮はハードスキルとソフトスキルの二つの側面から検討すべきだと考えます。まず,ハードスキルにおける合理的配慮の例を示します。

  1. ①仕事を小分けにする
  2. ②口頭の指示ではなく,絵や写真などの視覚的マニュアルを作成する
  3. ③抽象的表現は使わない
  4. ④スケジュールも視覚的に提示する
  5. ⑤自分の職務行動をビデオに録画して確認する
  6. ⑥適度に休憩を入れる
  7. ⑦特定の担当者を配置する
  8. ⑧支援者間で指導方針を統一する
  9. ⑨失敗したときに叱るのではなく,わかりやすく説明する
  10. ⑩作業スピードが遅い場合は,その原因を行動観察してみる
  11. ⑪1日の仕事を振り返るシートを作る

ASD者は中枢性統合や実行機能が弱いので,一部に集中しすぎ,先の見通しが持てないことがあります。しかしながら,視覚的な理解が強いため,行う仕事を視覚的に示すことによって理解が容易になり,先の見通しを持つことができるようになります。

次に,ソフトスキルにおける合理的配慮の例を示します。

  1. ①1日に5分だけでも相談時間を設ける(予防就労支援)
  2. ②口頭でのコミュニケーションにこだわらず,文字や文章を使用する
  3. ③職場の対人関係については,マナーやルールのようなかたちで指導する
  4. ④家族の協力を得る
  5. ⑤ひとりで休憩できる場所を設定する
  6. ⑥何か目標を持たせる(アビリンピックなど)
  7. ⑦柔軟な勤務形態から始める
  8. ⑧支援機関を利用する
  9. ⑨最も有効なアセスメントは職場実習
  10. ⑩職場の同僚上司に発達障害の理解研修を実施する

ASD者は仕事内容そのものよりも,人の話し声や臭い,目に入ってくるものなどの環境要因がパフォーマンスに影響を与えることがあります。それらを解決するためには,実際にいろいろな事を体験してみることが有効です。様々な仕事を体験することによって,この仕事ならできる,この仕事をやってみたいという興味もわかるため,適切なジョブマッチングが可能となります。また,一緒に働く職場の同僚上司の受け入れ態勢も大事な要素となります。よって,ASD者について同僚上司に対して理解啓発のための研修を行うことも合理的配慮と考えられます。日本学生支援機構によると,一度就職しても離職する発達障害学生が多いと報告されているため(日本学生支援機構,2016),就職後の長期的なサポートは最も重要な合理的配慮といえるでしょう。

具体的事例

[理科系の大学を卒業したタロウさん(仮名)]

タロウさんは理科系の大学を卒業しているため,コンピュータの操作は得意でした。ただ,入社前に実施された体験入社で同期の社員と一緒に研修を受けたところ,コミュニケーションがうまく取れないためグループワークについていけませんでした。

実は,入社当初は本人の希望によりASDという障害をオープンにしていませんでした。その後,人事担当者と相談し,ASDということをオープンにし,次のような合理的配慮をお願いしました。タロウさんは言葉によるコミュニケーションが苦手なので,文字で対応してもらう。質問に関しては文書で「あなたの気持ちはこうなんですね」と確認してもらう。また,ハードスキルについては,作業手順をまとめたマニュアルを作成してもらうことにより,視覚的に理解できるようになり意欲的に仕事に取り組めるようになりました。

[美術系の大学を卒業したハナコさん(仮名)]

ハナコさんは,美術系の大学を卒業し,いくつかの会社で働いてみましたが,人間関係がうまくいかず,すべて解雇されるという状況でした。美大出身のためイラストなどの作成やCAD(Computer-Aided Design:コンピュータを使って行う設計や製図)などは得意でした。しかし,職場内を歩いていても上司に挨拶をしないなどの行動を指摘されました。

よって,上司に表1のような合理的配慮をお願いしました。ASDの特性である「言葉によるコミュニケーションよりも視覚的な文字や絵などのほうが理解しやすいということ」,「感覚の過敏性があるため,人の視線や声などに影響を受けやすいということ」,「対人関係が不得手なため,同僚との会話をできるだけ減らすことにより不安感を除去することができるということ」,「実行機能が弱いため,先の見通しが持てないため,急な予定変更がなされると混乱してしまうこと」,といった点に素晴らしい合理的配慮がなされていることがわかります。

表1 職場での合理的配慮

  1. 説明は言葉ではなく紙に書いて文書で行う
  2. 後ろから声をかけると混乱するので,右横から視界に入るようにしてもらう
  3. わからないことは言葉ではなくメールで対応してもらう
  4. 予定の変更がある場合は,早めに連絡してもらう
  5. 仕事の質問に対しては,いつも同じ時間に同じ人に対応してもらう
  6. 人にじろじろ見られるのが苦手なので,机の位置を一番端で窓際にしてもらう
  7. 更衣室のロッカーは一番奥で窓際にしてもらう
  8. 遅い時間から始まり,早めに終了するといった短時間就業から始める
  9. 感覚過敏のため,体験実習3日間はお昼の時間に別な部屋を用意してもらう

文献

  • B. ビソネット/梅永雄二(監修)石川ミカ(訳)(2016)『アスペルガー症候群の人の就労・職場定着ガイドブック』明石書店
  • 独立行政法人日本学生支援機構(2016)大学,短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書.

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