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【特集】

老い

「老い」という言葉にどのような印象をもちますか。ポジティブな印象でしょうか,ネガティブな印象でしょうか。高齢になれば誰しも,加齢によって生物学的な機能の衰えや,社会的な役割やつながりの縮小を経験することになります。現代社会では,さまざまな側面の喪失体験につながる「老い」にネガティブになりがちなのではないでしょうか。

「アンチエイジング」にまつわる情報や広告は世の中にあふれています。エイジング(aging)=年をとる・老いる,ことであり,「アンチエイジング」は,老いることへの抵抗や拒絶であると受け取ることができます。しかし,「老い」は誰にでもやってくるものです。今現在の日本では,四人に一人が65歳以上の高齢者です。長寿社会において,当事者や周囲の人々,また社会が「老い」について適切な知識と理解をもって受け入れていくことが求められるでしょう。

本特集では,さまざまな角度から心理学的に「老い」について検討された研究を紹介します。(下津咲絵)

サクセスフル・エイジングとオプティマル・エイジング

岩原 昭彦
京都女子大学発達教育学部教育学科 教授

岩原 昭彦(いわはら あきひこ)

Profile─岩原 昭彦
2002年,名古屋大学大学院人間情報学研究科博士後期課程満期退学。博士(心理学)。樟蔭東女子短期大学専任講師,准教授,和歌山県立医科大学保健看護学部准教授を経て,2017年より現職。専門は神経心理学,健康心理学。著書は『よくわかる高齢者心理学』(分担執筆,ミネルヴァ書房),『幸せな高齢者としての生活』(分担執筆,ナカニシヤ出版)など。

加齢に伴って,慢性疾患に罹患することや,身体的機能や認知的機能が低下することは避けられない。疾患や障害,依存,抑うつといった高齢者に対するネガティブなステレオタイプが,世の中にはびこっている。加齢に対してネガティブなステレオタイプを強く持つ高齢者は,循環器疾患や認知症に罹患しやすいことがボルティモア縦断研究の中で明らかにされてきた。ネガティブなステレオタイプを抱くこと自体が日々のストレスとなり,その慢性的なストレスが脳や身体器官の病理学的な変化をもたらすことで,各種の疾患が発症すると考えられている(Levy et al., 2015)。一方で,ポジティブなステレオタイプが,余命の延長,疾患の発症予防,身体的・心理的なwell-beingの向上,認知機能の向上などに寄与していることも明らかにされている。

加齢に関わる心理学研究は,年をとるということは,さまざまな喪失を経験するものであり,疾患や障害を抱えていくことであるというネガティブな考え方を改めようとする歴史であったとも言えよう。「普通」の加齢では,年齢に応じた変化が予想通りに発生するのは避けられないものであるため,加齢には障害や機能不全が必然的に含まれることになる。

しかしながら,健康寿命を延ばそうとかサクセスフルなエイジングを目指そうという点が世の中では強調されすぎているために,高齢者に対するネガティブな態度や偏見(たとえば,エイジズムのように)が強められることになったり,高齢者が自分自身をネガティブに捉えてしまうことが強められたりしているのではないだろうか。健康寿命という健康観に対して,心理学の専門家はどのように関与していけばよいのであろうか。

心理学研究としてのアンチエイジング

図1 心のエイジングとアンチエイジングに関する模式図(権藤ら, 2017)
図1 心のエイジングとアンチエイジングに関する模式図(権藤ら, 2017)

健康寿命とは,健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間である。健康寿命を延ばすことは,健康日本21(第二次)の中心課題である。今後,平均寿命の延伸に伴い,健康寿命との差が拡大すれば,医療費や介護給付費用を消費する期間が増大することになるが,疾病予防と健康増進,介護予防などによって,平均寿命と健康寿命の差を短縮することができれば,個人の生活の質(QOL:quality of life)の低下を防ぐとともに,社会保障負担の軽減も期待できる(厚生労働省,2016)。このような社会的背景から,予防医学的見地に立って,疾患に罹患していない状態から,加齢に伴う機能異常ならびに健康障害を抑制しようとする,アンチエイジングという試みが近年では注目されるようになってきた。

権藤ら(2017)は,心理的要因の加齢変化に対してアンチエイジングという概念を適用している(図1参照)。そこでは,心に対するアンチエイジングが,①生物学的な加齢変化の抑制を試みる「加齢予防としてのアンチエイジング」と,②加齢に伴う喪失に対して補償プロセスを発達させることで,機能状態や精神的健康の維持を試みる「適応としてのアンチエイジング」とに分割されている。

「加齢予防としてのアンチエイジング」に関わる心理学研究としては,「認知の予備力」研究に代表される認知症予防研究が一例としてあげられよう(岩原・八田, 2008)。人生経験(教育程度や職業的地位,ライフスタイル)が豊富な高齢者は,高齢期になっても認知機能を高く保っており認知症を発症しにくいことが知られている。近年では,規則的で健康的な食習慣や運動習慣を確立することも,認知の予備力を強化する主要な要因であることが明らかにされている。人生経験を豊富にする取り組みや生活習慣を改善する試みを支援することが,脳機能や身体機能のアンチエイジングに対する重要な心理学的な貢献となるであろう。健康によいと分かっていてもできないのが人間であり,そのような人達に,健康行動を増進する効果的な方法を提言することは,心理学に課せられた使命である。

「適応としてのアンチエイジング」は,高齢期に体験する喪失にどのように適応したり回復したりするのかという問題と関連が深い。権藤ら(2017)が指摘するように,この過程は厳密にはアンチエイジングとは言えないかもしれないが,喪失が増えることによる精神的健康の低下は,身体的健康の低下や疾患の発症をもたらすことになるため,喪失への適応もアンチエイジングの一つの過程であると考えられよう。以下では,サクセスフル・エイジング,選択最適化補償理論(SOC理論),レジリエンスという観点から,心のアンチエイジングとはどのようなものかについて概観するとともに,健康寿命やアンチエイジングという考えを重視する風潮 に,心理学の専門家はどのように対抗すべきかについて考えてみる。

サクセスフル・エイジング

ローとカーン(Rowe & Kahn, 1987)が提唱した医学的なモデルでは,加齢に伴う変化は,人為的に制御可能なリスク要因によって生起しているとの認識から,それらを排除することで加齢に伴う変化は予防できると考える。くわえて,病理的な変化はないものの,疾病と障害のリスクが高い「普通」のエイジングと疾病や障害のリスクがなく,高い機能を持っている「サクセスフル」エイジングとを区別した(杉澤,2015)。ローとカーンのモデルでは,サクセスフル・エイジングは,①疾患や障害がないこと,②高い認知機能や身体機能を維持していること,③社会参加していることという三つの要件を満たしている状態であるとしている。

ローとカーンが提唱した医学的なサクセスフル・エイジングのモデルに対しては近年異議が唱えられている。多くの高齢者は慢性疾患に罹患しているとともに,急性疾患を発症するリスクを絶えず抱えている。ローとカーンの定義によると,ほとんどの高齢者はサクセスフルでないことになってしまう。このことから,疾患や障害に直面した場合にでも適用できるように「サクセスフル」の定義を拡張しなければならないという問題や,障害に直面した場合のレジリエンスについて考慮しなければならないという問題が生じる。

選択最適化補償理論(SOC 理論)

人は目標を達成することでポジティブな感情や幸福を感じることができる。選択最適化補償理論は人が幸福に生きるための方略だと考えられている。バルテス(Baltes, 1997)は,目標達成のための一連の過程を,目標の選択,資源の最適化,補償の三つの要素に分けた。この理論では,加齢に伴う喪失を三つのプロセスを動員することで元の状態に近づけようとし,幸福感の低下が抑えられると考えられる(権藤ら,2017)。

目標の選択は,①自らによる選択と②喪失による選択との二つに分けられる。自らによる選択は,より高い水準の機能を達成するために適切な資源(たとえば,やる気,能力,時間や資産など)を使って個人のニーズや動機と適合するように目標を正確に描写する過程である。喪失による選択は,これまでに利用可能であった資源を喪失することになった場合に機能を維持したりこれ以上機能を失わないようにするために,目標を切り替えたり,目標の水準を下げたりする過程である。加齢に伴って資源を喪失し,資源が小さくなっていった場合,限られた資源を目標達成のために効率よく配分する必要がある(最適化)。資源を喪失した時にとられるもう一つの方略が,外部からの援助を得て喪失した資源を補う補償である。

人は,壮年期から老年期にかけて,成長と獲得(身体機能を強化したい)から維持(身体機能を保ちたい)そして喪失の防止(身体機能を低下させたくない)へと自然に移行していく(Ebner et al., 2006)。この移行を通して,人は刻々と変化する獲得と喪失とのバランスをとるようになり,選択最適化補償理論の過程を通して,主観的な幸福感を維持しようとする。SOC方略は,資源が乏しくなった超高齢者や障害のある高齢者などに特に有効に機能するのではないだろうか。SOC理論は心理学的なサクセスフル・エイジングを考えるうえでとても重要なものであり,これまで以上に臨床場面で応用されることが期待される。

レジリエンス

加齢に伴う喪失が必ずしも高齢者を不適応状態に至らしめるわけではない。突然の災害,慢性的な疾患や障害,喪失体験,財政的困難などの個人にとって耐え難い出来事に遭遇したとしても,それらの逆境に打ち勝つレジリエンスという力を人は持っている(堀田ら, 2012)。多くの高齢者は,身体的な機能の喪失や,定年退職や失業による経済的自立の喪失,離婚や死別による親密な対人関係の喪失のようなさまざま逆境に直面し,ストレスフルな生活を送っているとも言える。レジリエントな高齢者は,逆境から回復し,自己の価値や人生の意味を追求し続け,逆境から新たなことを学ぶとともに逆境をきっかけとしてさらに一歩前進することがで きる。事実,レジエンスの高い高齢者は,身体的な健康状態が良好であり,主観的幸福感が高く,余命が長い。逆境を乗り越えて前に進んでいく力が,晩年期の心身の安定性には必要なのであろう。

レジリエントな加齢を考える枠組みには,過程,資源,成果という三つの重要な要素が組み込まれている(Aldwin & Igarashi, 2016)。ストレスフルな環境や逆境が,晩年期においても個々人を成長させ続けていく過程がある。人はストレスフルな環境を乗り越えて,成長し続けることができる(コーピング能力,よりよい人間関係,自己や人生の受容など)。

ストレスフルな状況に立ち向かっていく過程が生じるためには,レジリエンスを引き出す資源がなければいけない。レジリエンスを引き出す資源は,個人の能力だけではなく,その人が暮らす地域や文化的な文脈の中にあるものも含まれる。たとえば,地域の中に利用可能なサポートシステムはあるのか,高齢者を受容する風土がその地域にはあるのか,高齢者に対するネガティブなステレオタイプがはびこっていないかというものである。

ストレスフルな状況が生じた際に,整った資源が活用されることで,レジリエンスという働きが引き出されていく。その結果として,汎抵抗資源とオプティマル・エイジングという二つの成果が生じる。汎抵抗資源には,社会的資源(社会的支援システムや資金など)と個人的資源(明確な自我,柔軟なコーピングスタイル,人生の意味など)が含まれている(Antonovsky, 1987)。オプティマル・エイジングとは,人が現在の目標を考慮しつつも,自分の生活をより最適なものにする選択を自ら行っている側面に焦点を当てた概念である。オプティマル・エイジングにおいては,健康状態と人生満足と人生の意味との相互の関連性を考えることが重要である。健康状態は単に障害がないということを意味するのではなく,不健康な状態に立ち向かっていく側面が強調される。どのような疾患や障害をもっていたとしても,加齢していく過程をゆるやかにしていくことは可能である。疾患や障害を受容する過程で超越が獲得され,そのことを支えている知恵は増加し続けていく。このような心の働きがあるからこそ,人は晩年期になっても精神的な健康を維持することが可能であるし,障害をもったことで範囲は制限されるとはいえ,その範囲内で自分にとって最大の社会的な機能を維持し続けることが可能である。

今後の課題

レジリエントな加齢の成果とも考えられる老年的超越は,特に重要であると思われる。老年的超越とは,高齢期に高まるとされる,「物質主義的で合理的な世界観から,宇宙的,超越的,非合理的な世界観への変化」を指す(増井,2016)。老年的超越には,社会の中における自分の位置を見直し自分自身に関する意味を捉え直すことや,スピリチュアリティが深まるとともに世代が継続されていることの感覚が高まることなどが含まれている。自立度が低下していても,老年的超越が高い人の心理的なwell-beingは低下しないという知見はとても重要である。

疾患や障害があっても,高いQOLや心理的なwell-beingを保ち続けることができる。完全な自立はできなくても,社会的資源を活用することで,自分のできる範囲で自分のことを決められる可能性がある。たとえ健康寿命が尽きたとして,障害と共に生きることになったとしても,個の尊厳は失われない。健康であり続けようとする姿勢は重要であるが,健康でなくなったとしても,私達は成長し続けることができるはずである。老いと共生する人々を,老いた人々と共生する社会を,心理学の専門家はどのように支えることができるのだろうか。これは心理学徒に突き付けられた社会からの挑戦ではないだろうか。

文献

  • Aldwin, C. N. & Igarashi, H.(2016)Coping, optimal aging, and resilience in a sociocultural context. In V.L. Bengtson & R. A. Settersten, Jr.(Eds.) Handbook of theories of aging . Springer.
  • Antonovsky A.(1987) Unraveling the mystery of health: How people manage stress and stay well . Jossey-Bass Publishers.[A・アントノフスキー/山崎喜比古・吉井清子(監訳)(2001)『健康の謎を解 く:ストレス対処と健康保持のメカニズム』有信堂
  • Batles, P. B.(1997)On the incomplete architecture of human ontogeny. Selection, optimization, and compensation as foundation of developmental theory. The American Psychologist, 52 , 4, 366-380.
  • Ebner, N. C., Freund, A. M., & Bltes, P. B.(2006)Developmental changes in personal goal orientation from young to late adulthood: From striving for gains to maintenance and prevention of losses. Psychology and Aging, 21 , 664-678.
  • 権藤恭之・中川 威・石岡良子(2017)老いと闘うか?老いと共生するか?:こころのアンチエイジングはありうるのか.『医学のあゆみ』 261 , 668-672.
  • 堀田千絵・八田武志・杉浦ミドリ・岩原昭彦・有光興記・伊藤恵美・永原直子(2012)中高年者におけるレジリエンス規定因:災害からの回復エピソードによる検討.『人間環境学研究』 10 , 123-129.
  • 岩原昭彦・八田武志(2009)ライフスタイルと認知の予備力.『心理学評論』 52 , 416-429.
  • 厚生労働省(2016)第3章 健康寿命の延伸に向けた最近の取り組み.『平成26年版厚生労働白書』132-247.
  • Levy, B. R., Slade, M. D., Chung, P. H., & Gill, T. M.(2015)Resiliency over time of elder's age stereotypes after encountering stressful events. The Journal of Gerontology. Series B, Psychological Science & Social Sciences, 70 , 886-890.
  • 増井幸恵(2016)老年的超越.『日本老年医学会雑誌』 53 ,210-214.
  • Rowe, J. W. & Kahn, R. L.(1987)Human aging: Usual and successful. Science, 237 , 143-149.
  • 杉澤秀博(2015)豊かな生き方,豊かな社会を考える サクセスフル・エイジングとは何か:高齢期の生き方のモデル.『TASC monthly』 476 , 12-17.

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