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    ─主観的老い研究における心理学的知見

【特集】

「老い」をどのように捉えるか
─主観的老い研究における心理学的知見

屋沢 萌
お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科 博士後期課程

屋沢 萌(やざわ めぐむ)

Profile─屋沢 萌
2015年,お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科博士前期課程修了。現在は同大学院博士後期課程の人間発達科学専攻心理学領域に在学中。2016 〜 2017年,聖学院大学人間福祉学部こども心理学科非常勤講師。専門は発達心理学,認知心理学。論文は「想起内容とその感情的側面からみた高齢者の自伝的記憶」(共著,『認知心理学研究』)など。

「最近老けたなあ」「あの人は私より若いと思う」「若くいられるように健康に気をつけよう」─老いに対する一般的な関心が高まるにつれて,上記のようなことを意識したり,耳にする機会が増えてきた。しかし,ここでいわれている「老けた」「若い」という言葉は,具体的に何を示し,何を基準としているのだろうか。

高齢社会となった日本において,身体的機能や認知的機能,社会的機能における加齢の影響を検討するとともに,高齢者が自分自身の老いをどのように捉えているのかについての研究も注目されている。これらは「主観的老い」(subjective age; age awareness; age identity)と呼ばれている。

本稿では,主観的老いの関連要因や主観的老いを意識することが高齢者にどのような影響を及ぼすのかについての心理学的知見を紹介する。

主観的老いとは

主観的老いについては,1960 〜70年代頃から欧米圏で本格的に実証研究が行われてきた。研究分野は老年学や心理学,社会学や医学などを中心として比較的多岐にわたる。心理学では,発達心理学領域で扱われることがあり,主観的老いという概念は成人期以降の発達的変化としても捉えられている。また,近年では,メンタルヘルスとの関連についても検討されており,主観的老いが高齢者の抑うつやwell-beingに及ぼす影響についての知見も提供されつつある。

主観的老いの概念自体についてはそれ以前から存在しており,日本においては,老性自覚(橘,1971)として扱われてきた。これまでの研究において主観的老いは,自分自身が考える自分の年齢であるとされてきた。しかし,この定義については,研究者による解釈の違いや研究手法のばらつき等からいまだ完全には明確化されていないように見受けられる。

主観的老いを調べる手法としては,実際の年齢にかかわらず,どの年齢層に自分が属するかについて,インタビューや質問紙などで尋ね,自分自身を「実年齢よりも若い」「同じくらい」もしくは「老けている」といった程度を回答させるものが一般的である(Settersten & Mayer, 1997)。例えば,RubinとBerntsen(2006)は,20歳から97歳の参加者に,自分は若いと感じているか,老けていると感じているか,あるいはどちらも感じていないかの3件法で尋ねた。その結果,25歳までの参加者は,自分が老けていると感じている,もしくはどちらも感じていないという人の割合が比較的多く,40歳以降は自分が若いと感じている人の割合が多いことが示された。さらに,実際に感じている自分自身の具体的な年齢(felt age)についても回答を求めたところ,40歳以降の参加者は実際の自分の年齢よりも20パーセント程度低い年齢を回答した。したがって,中年期以降は若年者よりも比較的自分自身を実際の年齢よりも若いと感じやすいことがわかっている。

また,自分の理想とする年齢について検討した知見もある。HubleyとRussel(2009)は,中年期から後期高齢期の参加者に,自分が理想とする年齢と実年齢に満足しているかの程度について質問した結果,理想とする年齢は実際の年齢よりは少し若いが,実際の年齢には比較的満足していることが示唆された。つまり,若くありたいという意識はあるが,実際の自分の年齢は受容している人が大半であるといえる。若本・無藤(2006)においても,心身に見合う認知や行動様式を獲得していく自己受容の過程は中高年期の発達の中核を担うことが示唆されており,主観的老いは,中年期以降の個人が自分自身をどのように捉え,自己やアイデンティ ティをどの程度受容しているかといった点にも関連があると考えられる。

主観的老いの関連要因

主観的老いの関連要因については,これに関連する研究の最大の関心であるともいえる。身体的健康や精神的健康,認知的機能あるいは社会的機能に至るまで,さまざまな関連要因が検討されつつある。

Bergland ら(2013)の研究によれば,年齢が高いほど,身体的健康や精神的健康,自己マスタリー(自己研鑽)が自分は若いという意識を予測することを示した。また,個人のライフイベントも主観的老いに関連することがわかっている(Tsuboi,2006)。したがって,主観的老いについては,複数の要因が総合的に判断されることで,個人の評価につながっている可能性が考えられる。

また,精神的健康や抑うつと主観的老いの関連は近年注目されており,主観的老いに対する介入の効果への期待も示唆されている(Steverink et al., 2001)。同様に, 他の高齢者よりも若いという意識がwell-beingに関連していることもわかっている(Westerhof & Barrett, 2005)。例えば,自分は老いていると考えている高齢者に対し,自らの力でできることを増やしたり,周りとの対話によって自分だけが老いているのではないという認識をもたせることができれば,老いに対する意識も変化する。それに伴って,精神的健康やwell-beingにポジティブな影響を及ぼすことが可能かもしれない。

先行研究から主観的老いを意識した際に,若いと感じている人ほど身体的健康や精神的健康がより良い状態であることが伺える一方で,老いを感じることがすべてにネガティブな影響を与えるわけではない。Steverink ら(2001)は,40歳から85歳の参加者に,異なる生活領域(健康,社会的結びつき,活動,パーソナリティなど)における老いを感じた経験について,ポジティブあるいはネガティブな記述の評定をさせた。その結果,老いを感じた経験には活力や身体的健康の低下,個人の発達,社会的役割の損失といった領域との関連が示された。これは,ネガティブな経験(喪失や減退)だけではなくポジティブな経験(成長)も個人の老いの経験の特徴となっていることも示唆しており,老いを感じることが必ずしもネガティブな影響だけではない可能性も考えられる。また,Stephanら(2016)では,認知機能と主観的老いの関連を明らかにしたうえで,自分は老いているといった評価が認知能力の低下や予防の指標になりうることを示唆している。したがって,自身の老いを認識することで,身体的疾患や認知症の早期発見あるいは予防にも有用であるかもしれない。

かつて,老いのイメージというと,退屈や不健康,人間関係や生き甲斐などの喪失といった比較的ネガティブなイメージをもちやすい傾向にあった(Levy, 2003; Levy et al., 2004)。しかし,高齢社会となり,平均寿命が延びたことで,より心身共に健康的な老後を送れるようサクセスフルエイジング(Rowe & Kahn, 1997)を目指すようになり,こうした老いのイメージにも変化が出てきたように思われる。中年期から後期高齢期を対象とした筆者の予備的な質問紙調査においても,高齢者のイメージを尋ねたところ,「体力の衰え」「病気」といったイメージと同様に,「元気」「楽しい」といった老いのイメージももっていることがわかっている。

ただし,年齢に関するネガティブなイメージが否定的なアイデンティティにつながる可能性も少なからずある(Weiss & Lang, 2012)。つまり,老いを感じることが,もともと個人がもっている自己のイメージにネガティブな影響を及ぼす可能性があるということだ。今後,もし仮に一般的な老いのイメージが十分にポジティブに変化すれば,老いた自己イメージを肯定的に捉え直すということも可能になるのかもしれない。

主観的老いをどう捉えるか

図1 質問Aに対する回答の割合(屋沢ら, 2017)
図1 質問Aに対する回答の割合(屋沢ら, 2017)
図2 質問Bに対する回答の割合 (屋沢ら, 2017)
図2 質問Bに対する回答の割合 (屋沢ら, 2017)

主観的老いの研究手法としては,主に質問紙やインタビューによる調査が行われてきた。そして,質問内容は自分自身が考える自分の年齢について,実際の年齢と比較した場合の評定をさせる場合や具体的な年齢の回答を求める場合などが多くみられる。しかし,これらの質問方法はいずれも研究によって異なり,質問の方法や回答の方法によって参加者が受け取る「老い」の概念が多様になりうると考えられる。また,実際の自分の年齢との比較といった視点のみから自身の老いの程度を十分に測れるかといったことについても,検討する必要があるだろう。

主観的老いの質問方法に関する筆者らの探索的検討である屋沢ら(2017)では,中年期から後期高齢期の参加者に対し二つの質問を行った。質問Aは予測された主観的老いに関する質問(「今の自分は10年前の予想と比べて,どのくらい年をとったと思いますか」)であり,質問Bでは世の中の高齢者と比較した主観的老いに関する質問(「世の中の高齢者と比べて自分はどのくらい年をとったと思いますか」)であった。回答は3件法で評定を求め,質問1では予想より若い・予想と同じ・予想より老けた,質問2では自分より若い・自分と同じ・自分より老けた,のどれかをそれぞれ選択するよう求めた。その結果,質問Aに関しては年齢群による差はみられなかったが(図1),質問Bにおいて,より高齢の群の参加者は世の中の高齢者よりも自分のほうが若いと感じている人が多いことが示された(図2)。本調査の参加者は,毎年健康診断を受けており,比較的健康意 識の高いアクティブな高齢者であったと考えられるが,世の中の高齢者と比較した場合には年齢が高いほど自分が若いと感じやすいという可能性が考えられる。また,自分が予想していた10年後の自分については,年齢による差はないことから,HubleyとRussel(2009)の結果から得られた示唆と同様に,主観的老いにおける自己受容はしていた可能性がある。本研究に関しては,今後主観的老いに関連するその他の要因との関連についても詳細に検討していく必要があるだろう。

主観的老い研究の今後

主観的老いは,あくまで自分自身が老いた,あるいは若いと感じているかの程度を示すものであり,個人をとりまく環境や個人の意識による影響が少なからずあるということを念頭においておかなければならない。平均寿命が延び,高齢期のライフプランの多様化が顕著となっている日本において,個人の属性はもちろん,個人の属するコミュニティや文化圏など社会的要因も主観的老いを検討するにあたって,十分に考慮していく必要がある。

また,主観的老いの評価を求める際には,より個別の機能や活動について質問する必要もあるだろう。主観的老いの評価には,自分の日常生活におけるパフォーマンスに対する評価をある程度反映させる可能性があるため,一種のメタ認知的な要素が含まれるとも考えられる。主観的老いの評価を行うことで,高齢者が,車の運転など注意が必要な認知的活動時に自ら気をつけるように心がけたり,病院の受診などを周囲が促しやすくなるきっかけとなるかもしれない。

一方で,高齢者が若さを感じている部分に関しては自信や活力につながり,精神的健康を維持することに役立つかもしれない。また,これらは自分自身をどう捉えているかといった高齢者の自己イメージとの関連もあるだろう。

老いの捉え方が時代とともに変化していることを考慮すると,同様に主観的老いの定義や基準についても徐々に変化しつつあるのではないかと筆者は考えている。これまで,自分自身が考える自分の年齢を主観的老いとして考えてきたが,さまざまな機能や見た目,他の高齢者や他の年代との比較など,さらに複数の側面から主観的老いを捉えられる尺度や質問方法を今後は考えていかなければならない。そのためには,国内における知見を増やしていくことで,長寿国とよばれる日本の高齢者が老いをどのように感じているかをまず明らかにする必要がある。筆者の主観的老いに関する研究はまだほんの一歩を踏み出したばかりに過ぎないが,主観 的老い研究が高齢期の特徴をより深く理解するための一助となり,老いることはネガティブなことばかりではないかもしれない,と考えられる研究となることを信じている。

謝辞

本稿に記載した屋沢ら(2017)の研究について,東京都健康長寿医療センター研究所の藤原佳典研究部長をはじめ,佐久間尚子研究員,鈴木宏幸研究員,ほか共同研究者の皆様には多くの支援ならびに貴重なご助言をいただいた。記して深謝する

文献

  • Bergland, A., Nicolaisen, M., & Thorsen, K.(2014)Predictors of subjective age in people aged 40-79 years: A five-year follow-up study. The impact of mastery, mental and physical health. Aging & Mental Health, 18 , 653-661.
  • Hubley, A. M. & Russell, L. B.(2009) Prediction of subjective age, desired age, and age satisfaction in older adults: Do some health dimensions contribute more than others?. International Journal of Behavioral Development, 33 , 12-21.
  • Levy, B. R.(2003) Mind matters: Cognitive and physical effects of aging self-stereotypes. The Journals of Gerontology Series B: Psychological Sciences and Social Sciences, 58 , P203-P211.
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  • Weiss, D. & Lang, F. R.(2012) “They” are old but “I” feel younger: Age-group dissociation as a selfprotective strategy in old age. Psychology and aging, 27 , 153.
  • 屋沢萌・佐久間尚子・鈴木宏幸・小川将・川﨑采香・大神優子(2017)アクティブ高齢者における10年間の追跡研究(4)老いの意識に対するpilot study.『日本心理学会第81回大会論文集』 p.607.

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