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【小特集】

機械仕掛けのトルコ人,人間仕掛けのクラウドソーシング

五十嵐 祐
名古屋大学大学院教育発達科学研究科 准教授

五十嵐 祐(いがらし たすく)

Profile─五十嵐 祐
名古屋大学大学院教育発達科学研究科博士課程後期課程修了。博士(心理学)。北海学園大学経営学部講師・准教授を経て,2012年から現職。専門は社会的ネットワーク分析。著訳書は『社会的ネットワークを理解する』(監訳,北大路書房)など。

筆者の所属する名古屋大学教育学部には,附属中学・高校が併設されている。ここに通う藤井聡太七段(2018年5月末時点)が,前人未踏の活躍で将棋界の話題をさらっているのは周知の通りである。Googleの開発した囲碁プログラム「AlphaGo」が,2016年にトップ棋士を破ったことも記憶に新しい。人工知能が人間の知性を超える日がついに来たというニュースは,世界のメディアを席巻した。

図1 The Turk のイメージ
図1 The Turk のイメージ
出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Racknitz_-_The_Turk_3.jpg

一方,18世紀のヨーロッパでは,人間相手にチェスをプレイする自動人形,「The Turk」(別名:機械仕掛けのトルコ人)が人々の注目を集めた(図1)。トルコ人奇術師の出で立ちをしたTheTurkは,ゼンマイで動くという触れ込みで,多くの人間のプレイヤーを破り,驚きの目を持って迎えられた。実際には,チェスプレイヤーが足下の箱から指示を出していたのだが,あたかも機械がチェスをプレイしているかのようなインターフェースによって,背後にいる人間の存在がカモフラージュされていたのである。

「機械が人間らしくふるまう」ように見せかけるため,The Turkがひた隠しにしていた「機械に代わって人間が課題を遂行する」という問題解決のアプローチは,21世紀になり,クラウドソーシングという形で公にその価値を認められるようになった。Amazonが2005 年に開始したMechanical Turk(MTurk)というサービスでは,インターネット上で依頼される課題(タスク)を多くの作業者(ワーカー)がバックグラウンドで遂行し,依頼者からは,コンピュータが自動で課題を遂行しているかのように見える。

MTurkをはじめとするクラウドソーシングは,今日では国内外を問わず広く利用されているが,皮肉にも「人間が機械のように扱われる」状況を生み出している。コンピュータを介したコミュニケーションでは,社会的・非言語的手がかりが伝達されにくく,相手の存在感に対するリアリティを感じにくくなる(Short, Williams,& Christie, 1976)。このことは,非人間化(dehumanization) と呼ばれる社会的認知のプロセスと密接に関連する。非人間化のタイプには,動物的非人間化,機械的非人間化の二つがあり,前者は人間固有の自律性を否定し,認知対象の人物を動物のようにみなすこと,後者は人間固有の情緒的な性質を否定し,認知対象の人物を冷たく温かみのないロボットのような存在とみなすことを指す。依頼者と作業者が直接顔を合わせず,課題を遂行するという契約のみで成立するクラウドソーシング上の関係は,相手が生身の人間であることに注意が向きにくく,機械的非人間化を促進しやすくなる。

また,MTurkが主要な収入源である作業者は,学歴・収入の低い若年層に多くみられる(Hitlin, 2016)。このことは,一般的な社会人や依頼者自身に比べて,作業者の能力が低いというネガティブな評価を生み出す。ステレオタイプ内容モデル(Glick & Fiske, 2001)に基づくと,能力が低く温かみのない認知対象は,軽蔑の対象となりやすい。その結果,クラウドソーシングでは作業者に対する配慮が行き届かず,報酬に見合 わない過剰な量の作業を強いることに,依頼者が無自覚になってしまう恐れがある。クラウドソーシングを用いた調査・実験を行う際には,インターネットの向こう側に生身の人間がいることを意識して依頼を行う必要がある。

もちろん,作業の負荷に見合った「妥当な」報酬額を設定すれば,この問題は解決できる。とはいえ,クラウドソーシングの売りの一つは低コストであり,報酬をなるべく低い金額で抑えたい依頼者も決して少なくないであろう。逆に,課題を遂行することで,なるべく高い報酬を得たいのが作業者側の心情である。こうしたミスマッチはアメリカの心理学界でも関心の的となっており,Association for Psychological Science の会報であるObserver誌で組まれた特集では,心理学研究に従事したMTurkの作業者の報酬が,時間あたりで換算したアメリカの最低賃金(時給7.25ドル)よりも大幅に低いとの指摘がなされている(DeSoto, 2016)。

心理学研究において,クラウドソーシングは,低コストで大量のデータを収集する目的ではなく,多様なサンプルから短時間で質の高い回答を得る目的で用いられるべきである。作業者の手抜きや不注意の可能性を減らし,質の高い回答を得るためには,やはり「妥当な」報酬額の設定が最も効果的である。例えば,学術研究のデータ収集に特化したProlificというサービスでは,1時間あたり最低6.50ドルの報酬を設定し,回答の質の高さをセールスポイントにしている。一方,日本国内のクラウドソーシングでは,現状,こうした議論が尽くされているとはいえない。最低時給換算での報酬をひとつの基準として,課題の内容に応じた適正な報酬を支払うことは,労働市場としてのサービスの継続性や公正性の観点からも重要な意味をもつ。

また,クラウドソーシングでは,倫理的な側面に関する配慮を特に慎重に行うべきである。例えば,政治的・宗教的なトピックを扱う研究や,道徳違反に関する研究などでは,作業者が気分を害したり,不快な感情を抱いたりした場合,フォローアップをその場で行うことが難しい。また,個人が自己のネガティブな経験を認知的に再体制化する作業は,一定の侵襲性を伴う(King & Miner, 2000)。そのため,作業者が過去に経験したエピソードを問うような課題にも注意が必要である。研究実施者は,これらの点を意識し,調査や実験に含めるべき内容を十分に吟味する必要がある。

その一方で,クラウドソーシングの作業者がきちんと研究課題の説明を読んでいない可能性は,無視できないほど大きい(本小特集の三浦論文参照)。だからといって,データ収集に先立つインフォームド・コンセント(事前説明を受けての同意,回答者による同意の事後の破棄を認める)の手続きをおろそかにしてはいけない。それにもかかわらず,現状では,調査責任者,連絡先,調査目的,回答データの管理ポリシーなどについての情報を明示しない,「無責任」な心理学研究への参加依頼が,国内外のクラウドソーシングで散見される。大学の心理学教育においては,今後,クラウドソーシングを用いた研究実施について,エビデンスと経験に基づくトレーニングが求められる。

MTurkをはじめとするクラウドソーシングの歴史はまだ端緒についたばかりである。冒頭で紹介したThe Turk の稼働期間は80 年を超えたが,結局,中から指示を出すプレイヤーが見つからなくなり,博物館に寄贈された後,不運にも火事で消失した。人間仕掛けのサービスは,当然,作業者がいなければ成立しない。サービスの持続可能性と発展性を考える上で,心理学の研究者は,十分に配慮のある依頼者となることが求められている。

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