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【小特集】

日本の研究者がクラウドソーシング を使いこなすには

伊藤 言
株式会社イデアラボ 研究員

伊藤 言(いとう げん)

Profile─伊藤 言
東京大学大学院博士課程を経て現職。企業や官公庁と研究を行っている。法政大学等の講師も兼任。抽象化と政治的価値観を主に研究(専門は社会心理学)。本稿で紹介したサイトへのリンクは,右記のまとめページを参照 http://genito.net/cs

日本の研究者がクラウドソーシングを活用するために必要な戦略や道具など,実践的な内容を紹介することが本稿の目的です。

まず,日本の研究者として,日本語を使って研究データを取りたいと思うかもしれません。この場合,世界最大のクラウドソーシング・サービスであるMTurkは日本語を理解できる参加者がほぼおらずあまり役立ちません。日本人を研究対象とする場合,ランサーズやクラウドワークスなど日本のサービスを利用する必要があるでしょう。個人としてタスクを発注するよりも,大学など研究機関の名前を利用してタスクを発注したほうが,質の良い参加者が用意される場合もあるようです。

1回きりの実験や調査ではなく,一定期間継続する研究への参加を求める場合にもクラウドソーシングは役立ちます。たとえば著者らは,経験サンプリング法と呼ばれる,スマートフォンにアプリをインストールして1週間程度にわたるライフログを取る研究への日本人参加者をランサーズで募集しました。PacoというGoogle のエンジニアが作成したフリーの経験サンプリング用のアプリを利用し,報酬の支払いもオンラインで済ませれば,直接対面しない参加者プールを対象に経験サンプリング法を実施することが可能です。オンラインで研究を完結できることは,たとえばカップルなど,比較的集めにくい参加者を数多く確保したい場合に役立ちます。

「ネット調査」の際によく用いられるオンライン調査会社では,研究者が独自に作成したアプリや実験用ソフトウェアのインストールを参加者に求めることは制限されている場合が多く,単純なアンケート以外の研究をオンラインで実施したい場合に,クラウドソーシングの自由度は大きな魅力といえるでしょう。たとえば,反応時間を測定する心理学的な実験課題を実施したいならば,プログラミング知識がそれほどなくてもオンライン実験を実施可能なおそらく唯一の無料プラットフォームであるPsyToolKitが存在します。ストループ課題,メンタルローテーション課題,視覚探索課題,N-back 課題,IAT,Navon 課題などさまざまな心理学実験のスクリプトがあらかじめ用意されているので,少し手を加えることによってオンライン実験を比較的容易に実施することができるでしょう。一方で,複雑なオンライン実験を実施したいならば,InquisitWeb等の有料のプラットフォームを利用したり,Python等プログラミング言語を用いて心理学実験を構築したほうがよいでしょう。また,反応時間を測定する実験課題と,アンケート調査など他の研究課題を組み合わせた研究をデザインするのもよいでしょう。たとえば著者らは,クラウドソーシングで募集した参加者に,1週間にわたる経験サンプリング法を用いた調査への参加を求めた後に,Stop Signal課題等の実験課題をオンラインで実施することで彼(女)らの実行機能を測定し,関連を検討しています。

アンケート調査や質問紙実験を実施する場合は,Googleフォームに代表される無料で利用可能な調査環境構築システムを利用するか,もし大学などの研究機関が包括的なライセンス契約を行っているならばQualtrics やSurveyMonkeyのような有償の調査環境構築システムを利用するとよいでしょう。調査環境構築システムの側で一度アンケート項目を作り込めば,ある研究と別の研究で異なったクラウドソーシング・サービスを用いる場合でも,調査票を使い回すことができます。もっとも,アンケート調査や質問紙実験を実施するだけならば,クラウドソーシングのみならず,セルフ型ネットリサーチ会社(調査票の作成やデータの集計を依頼者が行うことで価格を引き下げたオンライン調査会社)の利用も含めて検討すると選択の幅が広がるでしょう。たとえばFastAskやアンとケイトであれば, 1人が1問に回答して約10 円が相場です。

次に,日本人を対象としてデータを取る必要がない場合を考えてみましょう。心理学者は多くの場合,心の通文化的普遍性の仮定を置くことができる対象を研究しています。すなわち,社会・文化・環境によらず,ヒトである限り共通して認められる心の働きを研究対象としています。たとえば,もし日本人とアメリカ人の視覚系・注意・ワーキングメモリの働きや仕組みに研究上有意味な差があるという文化心理学的な仮定Nisbett, et al., 2001)を置かないならば,日本人を対象としてデータを取る必然性は存在しないでしょう。この場合,MTurkに代表される海外のクラウドソーシング・サービスを利用して研究を実施することが可能です。実験や調査の刺激や材料を英語で作成することにハードルの高さを感じるかもしれません。しかし,逆の見方をすれば,日本語圏の研究よりも圧倒的に数が多い英語圏の研究で用いられている刺激や材料をそのまま流用して研 究を実施できるメリットは計り知れません。たとえば,邦訳版の尺度を作成し,信頼性・妥当性を検討して……といった一連のプロセスを経ずに,英語圏でvalidatedされた尺度をそのまま利用してアメリカ人を対象にパーソナリティ研究を行うことも可能でしょう。

他方で,日本人とアメリカ人で心の働きが異なるという文化心理学的仮定を置いた場合はどうでしょうか? この場合,一つの研究内で日米のクラウドソーシング・サービスを同時に利用することで,海外の研究者の協力がなくても比較文化的なデータを取ることができる点がメリットとなるでしょう。ローコストで比較文化的なデータを取ることができるので,卒業論文でも日米の参加者を対象にした実験や調査を行うことが容易になり,日本人が特異的に持つ心的特性を従来よりも早いペースで解明できるでしょう。実際に,北海道大学の卒業研究では,ランサーズとMTurkを同時利用して日米比較的な心理学研究を実施しています(沼田・結城, 2017)。日本人以外を対象とした心理学調査や実験が容易に実施可能になったことで,心の通文化的普遍性に対して日本の心理学研究者が暗黙裏に持つ仮定や前提が改めて問い直され,各々が明確に意識化・言語化する必要性が生じているのかもしれません。

かつては,日本からMTurkを直接利用できず,CrowdFlower等のサービスを間に挟む必要があったのですが,現在はMTurkに直接タスクを発注することができます。しかし,MTurkについて包括的なレビューを行った Keith ら(2017)が指摘するように,MTurkはそもそも学術的な目的で作られたサービスではないため,心理学研究者にとって数多くの困難が存在します。しかし,MTurkはAPIを提供しており,このAPIを利用することで,MTurkを学術研究フレンドリーな存在にするサービスが提供されています。たとえば,過去の自分の研究に参加した参加者を排除する,同一の参加者から縦断的なデータを得る,仕事の承認プロセスを自動化する,参加状況のリアルタイム把握などです。現状TurkPrimeが最も優れていると著者は考えます。2セント+MTruk報酬の5%という費用は追加でかかりますが利用を検討する価値はあります。

最後に,「安いからクラウドソーシングする」ことに付随する倫理的問題は真剣に考慮すべきでしょう(五十嵐論文と三浦論文を参照)。産業界の通例と同等の金銭的報酬ではなく,倫理的配慮を伴った報酬体系を学術研究で採用する場合,参加者の労働に質を求めることは当然の成り行きといえるかもしれません。実際に,MTurkなどよりも労働報酬を高く設定する代わりに労働の質が高い参加者を確保していることを売りとする学術用クラウドソーシングが欧米には存在し,代表例は眞嶋論文で紹介されているProlificです。日本にはこのような学術目的の「報酬は高いが労働の質も高い」ことを謳うクラウドソーシング・サービスが存在しません。著者が現在所属する株式会社イデアラボは心理学研究者によって成り立つ研究コンサルティング企業なのですが,いわば日本版Prolificを立ち上げることを,著者を中心に現在検討している段階です。また,クラウドソーシングを用いる際の研究倫理については,Waterloo大学など海外の大学の倫理ガイドラインが参考になります。

文献

  • Keith, M.G., Tay, L., & Harms, P.D.(2017)Systems perspective of amazon mechanical turk for organizational research: Review and recommendations. Frontiers in Psychology, 8 .
  • Nisbett, R.E., Peng, K., Choi,I., & Norenzayan, A.(2001)Culture and systems of thought: Holistic versus analytic cognition. Psychological Review, 108 , 291-310.
  • 沼田真里奈・結城雅樹(2017)恋人保持方略に及ぼす関係流動性と男性の配偶価値の交互作用効果.北海道大学文学部卒業論文

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