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この人をたずねて

結城 雅樹
北海道大学大学院文学研究科 教授

結城 雅樹(ゆうき まさき)

Profile─結城 雅樹
1999年,東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(社会心理学)。北海道大学文学部講師・助教授・准教授を経て現職。同大学社会科学実験研究センターでセンター長を兼任。著書は『文化行動の社会心理学』(編著,北大路書房),Culture and group processes (編著,オックスフォード大学出版)など。

結城先生へのインタビュー

インタビュアー:辻 由依

─先生のこれまでの研究と現在取り組まれている研究について教えてください。

社会の多様性と心の多様性とを理論的・実証的に結びつけることです。私たち人間は過酷な自然の中で生き抜くための道具として集団や社会などの「社会環境」を集合的に作り上げてきました。私たちの心は,こうした社会環境の中で上手く立ちまわれるように,つまり「適応的に」できています。ただ,社会や集団には多様性があり,地域によって,時代によって,あるいは場面によっても性質が違っています。では,社会の性質と心の性質の間にはどのような関係があるのでしょうか。国際比較研究などを通じてこの問いに答えることを試みてきました。

─現在の研究に進まれたきっかけについて教えてください。

管理教育的だった中学と自由すぎる高校という全く異なる環境の中,社会の性質の多様性について考える機会があり,社会学に関心をもちました。学部では主に社会学を学びましたが,特に,欧米とアジアの社会システムの違いとその原因に関する議論には強い関心を抱きました。また同時期に,非言語行動の文化差にも関心をもち,それを,社会の性質の違いから説明したいと考えました。その後,人間行動や心理過程の理論と研究手法をもっと学びたいと思い,大学院からは社会心理学を専攻しました。大学に職を得た1990年代終盤から2000年代中盤までは,「あまり知られていない心の文化差」を明らかにする作業をしました。例えば,「東アジア型集団主義と北米型集団主義の違い」という集団行動原理の文化差や「目への注目 vs 口への注目」という表情認知原理の文化差などは,私が初めて仮説を提出し,実証に成功したものです。

─現在,力を入れている研究テーマについて教えてください。

ここ10年間ほど最も力を入れてきたのが,関係流動性(relational mobility)に関する研究です。関係流動性とは,その社会の中でどのくらい選択的に対人関係を選べるかということです。常に流動しているという意味ではなく,任意に選びやすいか,選択の自由度が高いかということです。この研究を始めるにあたり最も直接的に影響を受けたのが,最近お亡くなりになった山岸俊男先生による信頼社会と安心社会の比較理論です。

─関係流動性,日本は低い感じがしますね。

そうですね。対人関係が固定的で,外から守られているような状態ですね。好むと好まざるとにかかわらず対人関係が自動的に継続しがちということです。それに対し,「関係流動性」の高い社会がどうやって成立しているかというと,個々人の努力で成り立っています。そうしないと相手から関係を切られてしまうからです。相手を自由に選べるということは,自分も相手に選んでもらわなくてはいけない。努力しなければ,誰かに相手を奪われてしまいます。私たちの研究で,北米の人たちは東アジアの人たちと比べて,情熱的な愛や友人に対する親密性,自尊心など,こうした対人関係の競争に勝ち残るための心の働きが強いこと,またこれらの差が両社会間の関係流動性の違いによって説明できることがわかりました。

現在は,これまでの研究を踏まえ,北米と東アジアだけでなく世界各地からのデータを集める,社会の特性と個人の特性の複合的な影響について考える,関係流動性の理論モデルを作る,脳神経科学的な観点からみる,動物との共通性と断絶を考えるなど,さらに多様な視点を統合させる方向へ進み始めています。

さらに,昨年からはオックスフォード大学の認知人類学者や歴史学者らなどと協働する歴史データベースプロジェクト“Seshatセシャット”のメンバーにも加わっています。過去へと時間軸を遡ることにより,人間と社会との関係をめぐる考察をいっそう深めることを試みています。

─国際的活動にも力を入れていらっしゃるのですね。

国際的活動は常に意識し,国際共同研究や,外国人大学院生の受け入れを積極的にしてきました。ですが,私も最初から英語が得意だったわけではありませんし,今でも苦労は多いです。しかしそれでも,どうにか頑張って第一線で研究活動ができるようになりました。自分の仮説や知見を「日本語が分かる人にしか伝えないのはもったいない」と思ったからです。また,ベストな共同研究者は,必ずしも日本にいるわけではないということもあります。現在のこうした国際的活動のきっかけを作ってくださったのは,大学院時代の恩師であり,アジア社会心理学会の設立メンバーでもある山口勧先生です。当時はあまり一般的ではなかった国際学会への参加や海外の大学での滞在研究,そして様々な国の研究者とのネットワーキングなどの機会を与えていただきました。

─もしも,全く別の研究を行うとしたら,どのようなことに興味がありますか。

難しい質問ですね。全く別の,ということではないのですが,もっとフィールドワークをしたかったというのはあります。人間や社会を観察するのは楽しいです。また,実は私の研究の中には,私の日常生活での気づきが端緒になっているものも多いです。幅広い分野の理論や知見,そしてフィールドなど,いろんなところに研究に役に立つヒントが転がっていると考えています。

─今お話しいただいている内容は若手研究者へのメッセージということにもなりますか?

そうですね。何でも多角的に見て,大胆に組み合わせていくと面白いと思います。あと,学生には「三割バッターを目指しなさい」と言っています。

─それはどういう意味ですか?

新しいものを生み出そうとしたら,完璧主義でやっても上手くいかない時のほうが多いです。ですが,長く続けていれば何かヒットすることもありますし,コツコツ続けていくのが大事だと思います。大切なのは,心理学に対して自分が貢献できることは何かを考え,自身の強みを出していくことです。例えば,日本を含むアジアの研究者には,心や行動に対する環境の拘束力,すなわち「場の空気の力」を直感的に理解できるという,欧米のメインストリームの研究者たちがなかなか気づかないアドバンテージがあると思います。その,「空気」を言語化し,理論化し,実証すれば,これまでにない理論が作れるはずです。ぜひとも自分自身の強みを生かして,心理学ワールド,もとい「ワールド心理学」に影響を与えていってください!

インタビュアーの紹介

インタビュアー:辻 由依

インタビューを終えて

いちばん強く感じたことは,結城先生とのお話はとても楽しかったということです。結城先生のお話はとても興味深く,インタビューを忘れ聞き入ってしまいました。実際に経験されたことをお話しくださったり,その場でノートに絵を描いたりパソコンで資料を見せてくださったりと,楽しそうにお話ししてくださる姿が印象的でした。結城先生の研究に対する熱意やご自身の研究にやりがいを感じていることが伝わってきましたし,私もそのような研究がしたいな,と思いました。

私のやりたいこと

元々,アディクション全般に関心があり,その中でも物質使用障害を中心に研究を行ってきました。これまでは物質を使用する本人に焦点を当てることが多かったのですが,物質使用者の家族にも支援が必要であると強く感じるようになったことから,最近は家族への支援方法の充実にも力を入れたいと考えています。具体的には,家族への支援方法の一つである「Community Reinforcement and Family Training(CRAFT)」を用いた支援を行っていきたいと考えています。CRAFTは家族への働きかけを通じて,家族と物質使用者双方の回復を促すことが可能な効果的な支援方法です。ですが,多様なエビデンスによって効果が示されている一方で,なぜCRAFTが効果的なのか,といったCRAFTのメカニズムについては不明瞭な部分が多いです。今後は家族の変化を客観的に検討することを通じて,CRAFTの精緻化を進めていければと考えています。

Profile─つじ ゆい
大学学生相談室やメンタルクリニックなどの勤務を経て,現在は北海道医療大学大学院心理科学研究科博士後期課程に在学。日本学術振興会特別研究員(DC)。専門は認知行動療法,アディクション,家族支援。著書は『認知行動療法の技法と臨床』(分担執筆,日本評論社)など。

つじ ゆい

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