ここでも活きてる心理学
警察職員のメンタルヘルス ─組織内の心理職としてできること
藤井 貴子(ふじい たかこ)
Profile─藤井 貴子
心理学科卒業後,民間企業人事課勤務を経て,明治学院大学大学院文学研究科心理学専攻入学,修了。臨床心理士として精神科病院勤務を経て,2002年に神奈川県警察本部に入職。2010年より現職。
神奈川県警察では,少年相談,被害者支援等の多くの分野に心理職が配置されています。私は採用センターで採用時適性検査の開発に携わった後に健康管理センターに移り,現在は職員のメンタルヘルスに係る業務を行っています。面接相談,メンタル疾患で休業した職員の職場復帰支援,メンタルヘルスに関する講義等,産業精神保健領域の心理職として一般的な業務が主ですが,ここでは,警察特有の業務を二つご紹介します。
警察学校における業務
警察官は採用後すぐに大卒6ヵ月,高卒程度10ヵ月の長きに亘って全寮制の警察学校に入校し,警察官として必要な基礎知識や技能を習得するとともに,警察組織のルールを徹底的に叩き込まれます。その中で,リアリティショックから自分の進路選択に自信がなくなり,訓練に身が入らなくなっているような学生に,校内に設置された学生相談室でカウンセリングを実施し,一息ついて自分の思いを振り返る機会にしてもらっています。
さらに,警察学校は制約された環境下におけるストレスマネジメントの格好の訓練の場であるという視点から,呼吸法,アサーション等の技法について講義を行っています。一人前の警察官として様々な現場に出た後にも役立つような技法の教授を心掛けています。
惨事ストレス対策
警察職員が大規模災害や事件事故の捜査活動等で被った惨事ストレスの重篤化,長期化を予防することも重要な業務です。
最も心に残っている業務として,2016年7月に発生した相模原障害者施設殺傷事件があります。事件発生後程なくしてワゴン車に心理検査や医薬品等を積み込み皆で捜査本部に向かい,緊迫感が漂う中,当直室等を相談室に設え,安全な場を提供することを心掛けながら多くの初動捜査に携わっている警察官の語りに耳を傾けました。
惨事ストレス対策では,リソースに応じて職種にこだわらない動きをすることも求められます。一方で,この経験を通じ,面接の枠付け,心理検査での状態把握,リラクゼーション法の教授等の心理学的な手法が,混乱している現場で大きな力になることも実感しました
組織の強みを活かす
警察業務の特殊性,組織文化を考慮した産業保健活動ができるのは組織内健康管理部門ならではのメリットと考えています。
私自身,入職した当初は,人間関係の密度が濃い警察組織をやや窮屈に感じましたが,産業精神保健業務に携わるようになると,厳しい業務からメンタルヘルスの危機を防止すべくサポートしあう体制が自然と構築されていること,その基盤となる組織文化が警察学校で培われていることがだんだんと見えてきました。実際,警察官のメンタル疾患による長期休業率は他の公務員と比較しても低いという結果が出ています。
このような組織の強みを活かしながら,職場環境改善を進め,人材の多様化に対応するメンタルヘルス体制を構築することが次なる課題です。
現在のところ,健康管理部門に心理職が配置されている県警は全国でも多くはありませんが,現場のニーズの多さ,求められる専門性の高さがもっと理解され,仲間が増えることを願っています。
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