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水や空気を信号にしていた古典的実験機器

吉村 浩一
法政大学文学部心理学科 教授

吉村 浩一(よしむら ひろかず)

Profile─吉村 浩一
京都大学大学院教育学研究科教育方法学専攻博士課程満期退学。京都大学教養部助手,金沢大学文学部講師,助教授,明星大学人文学部教授を経て,2003年より現職。専門は知覚・認知心理学。著書は『運動現象のタキソノミー』,『逆さめがねの左右学』(いずれもナカニシヤ出版)。

写真1 新潟大学に残る「ガルトン笛」(NG00050 製造会社不明)写真1 新潟大学に残る「ガルトン笛」(NG00050 製造会社不明)
写真1 新潟大学に残る「ガルトン笛」(NG00050 製造会社不明)
写真2 関西学院大学に残る「腕の容積脈波測定装置(レーマン式)」(KG000020 E.Zimmermann製)
写真2 関西学院大学に残る「腕の容積脈波測定装置(レーマン式)」(KG000020 E.Zimmermann製)
写真3 東京大学に残る喉音記録器(TK00006 E.Zimmermann製)
写真3 東京大学に残る喉音記録器(TK00006 E.Zimmermann製)
写真4 金沢大学資料館に残る「タムブール」(00007 製造会社不明)
写真4 金沢大学資料館に残る「タムブール」(00007 製造会社不明)

今回は,わが国に残る心理学古典的実験機器のうち,およそ美しいとは言えない機器の写真を集める結果になりました。古典的実験機器で最も劣化の激しいのはゴム部分でしょう。そのため,いろいろな材質からなる製品のうち,多くの場合,ゴム部品は欠損しています。たとえ残っていても,それはもう,哀れな姿です。写真1は,新潟大学に残る「ガルトン笛」(NG00050)ですが,見るも無惨です。しかし,たとえこのような姿でも,よくぞ残してもらえたと思います。この部品がないと,見ただけでは使い方がわかりにくいからです(東北大学のガルトン笛(TH00059)にも劣化したゴム部品が残っています)。

さて,製品の一部にゴムが使われていたということは,何らかの形で水や空気が利用されていたことを意味します。「ガルトン笛」も,ゴム球を押すことで空気を送り出し,音を出す動力となっていました。音を出す装置には,他にも京都大学の「標準音響発生器」(KT00033)や東北大学の「Intervallapparat」(TH00047-2)などのように,ストッパーを出し入れしてオルガンのようにさまざまな音程の音を出す機器が残っていますが,それらも重い蓋部分を持ち上げてその重みでフイゴのように送られる空気を動力として音を出していました。

現在では,装置を動かす動力や信号はほとんど電気ですが,古典的機器の動力源は主に電磁石・錘・ゼンマイでした。トリガーする信号(スタートやストップの信号)に電気が使われることもありましたが,今のように何もかも電気にたよる,ということはありませんでした。代わりに情報伝達手段として用いられたのが,水や空気だったのです。

信号としての水や空気は,微妙な変化を敏感に伝える能力を有していました。たとえば,写真2に示した関西学院大学に残る「腕の容積脈波測定装置(レーマン式)」(KG000020)では,筒の中に腕を入れ,筒全体と上に突き出たガラス管の途中まで水を満たしておき,脈動に伴う腕の微妙な体積変化をガラス管上部から導かれたチューブを介して,空気の圧力変化として測定する仕組みでした。この装置は東北大学にも残っています(TH00046)が,腕を挿入する筒内部の様子は東北大学のものの方が見やすいかもしれません。

東京大学と東北大学に残る喉音記録器(TK00006とTH00062)は,発声に伴う空気振動を,喉に当てた聴診器のようなゴム製センサーからのびるチューブを通して,写真3中央上の差し込み口に誘導します。その信号は,右側の楕円形のくぼみ空間へと伝わるのですが,この部分には本来なら薄い膜が張られていて,空気圧の変化に伴う膜のわずかな振動を,髪の毛ほど軽くて長いペンを振らせることで,「カイモグラフ」に描き出させました。センサー部分とチューブはゴム製であったためでしょう,両大学とも残っていません。楕円空間に張られたデリケートな薄膜部分も残っていません(この部分もゴム製だったかもしれません)。

喉音記録器の場合は膜の振動をペンに直接伝えましたが,容積脈波測定装置などの場合は,空気や水が伝える弱い信号を増幅してからカイモグラフに書かせました。そのために用いられたのが「タンブール」という汎用の空気信号増幅器です。写真4は金沢大学に残る「タムブール」(タンブールとの表記ユレがあります)で,自転車のベルのような形をした金属の傘の開口面に膜が張られていましたが,やはり膜部分は失われています。左側の裏返されたタムブールを見てください。容積脈波測定装置などからの空気信号が画面上部の差し込み口を通して張られた膜(欠損)に伝わり,その膜の動きを,テコの原理を用いた棒の組み合わせなどによって増幅し,ペン先を大きく振らせるという仕組みでした。

ところで,これらの装置が使われていた時代から少なくとも70年,場合によっては100年以上経過しているので,ゴムが劣化するのは当然ですが,はたしてゴム部分が繊細な変化を捉える機能を果たせる寿命はどのくらいだったでしょう。空気圧の微妙な変化を捉えるため,おそらくピンと張られた状態,もしくは少し膨らませた状態で使われていたと思われます。そんな状態で何年も使い続けられたでしょうか。短期間で交換する「消耗品」だったはずです。国内の企業からなら,消耗品の追加購入は容易でしょうが,輸入機器だと補充は大ごとです。少なくとも,残っている帳簿にそうしたものの追加購入は記録されていません。たとえ最初に消耗品を余分に購入していても,経年劣化するのは同じです。「輸入された古典的機器の消耗品」という新たな謎が生まれました。

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