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憎むに時あり,和らぐに時あり (コヘレトの言葉)
北村 英哉(きたむら ひでや)
Profile─北村 英哉
東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。博士(社会心理学)。関西大学を経て現職。専門は社会心理学,感情心理学。著書は『認知と感情』(ナカニシヤ出版),『感情研究の新展開』(共編,ナカニシヤ出版),『なぜ心理学をするのか』(北大路書房),『進化と感情から解き明かす社会心理学』(共著,有斐閣)など。
アメリカ,ペンシルベニア州に行ってきました。というと,州内の思いつきやすい大学はペンシルベニア大学ですが,そこはセリグマン博士がたてた応用ポジティブ心理学研究所があるような,確かに良好なスタッフが揃った大学であります。しかし,私は健康を維持したり,増進したりするような事象よりも「救いのない事態に近い心理」のほうに関心がありますので,そこには参りませんでした。
偏見,差別心や人への恨みや呪いなどに関心があり,自分でも実家が阪神・淡路大震災で被害を受けたり,自分のせっかく建てた一戸建てが隣からの火事で焦げたり,水浸しになったり,救いのない状況に近いような経験をしており,「お祓いしてもらったら」などと言われている始末です。
20年ぶりの長期滞在として,2017年3月26日に向かったのは,リーハイ大学という日本では名の知られていないペンシルベニア州ベツレヘムという伝統の香りのする街にある大学です。
隣のアレンタウンという街は,ビリー・ジョエルが唄っている,これまた救いのなさそうな街で,それでもペンシルベニア州で3番目に人口の多い街なのです。今はさびれているわけではなく,医療産業や配送集積地としてニューヨークに車で1時間という好立地を生かして郊外は良好な住宅街に成長しています。
白人やユダヤ人の多い高級なベツレヘムでは家賃が高かったので,実際この隣町アレンタウンに民泊しながら落ち着いた日々を過ごすことができました。
偏見・差別の社会的認知研究の第一人者でもあるユダヤ系のゴードン・モスコビッツ先生と院生たちと議論を楽しみました。到着早々にアメリカと日本の差別の文化的差異やその基盤となる宗教的要素について議論したりして楽しく,結局,「Blame Lab」というすてきなラボを運営されているマイケル・ジル先生と,「人を責めること」を和らげることについての共同研究を行うことになり,実施まで時間がかかりましたが,今,それがようやくデータとなりました。この記事が刊行される頃には分析も終了していることでしょう。
9月からはニューヨーク大学(NYU)に移りました。社会的認知界隈では,ゴルビッツァ,ユルマン,トロープなど著名メンバーが在籍するNYUですが,私は少し社会学寄りのジョン・ジョストのリサーチ・ミーティングに出席していました。彼はシステム正当化理論の提唱者であり,当時の「トランプ現象」のメカニズムを解き明かすような人気のラボでした。集団認知でも一歩進んだ,しかも現実的な切り口を考えたかったからです。ジョンラボはNYUの心理の中で引用ベスト3に入る超有名研究者として成功を収めた実力ラボですが,当のアメリカ人にはあまり人気がなく,フィンランド,デンマーク,オランダ,ドイツ,フランス,ブルガリア,イスラエル,イラン,アルゼンチン,カナダ,中国,日本からのメンバー(主査でない者も含む)からなり(下の写真参照),国際色豊かでした。各国の宗教も異なることから宗教の議論も盛んにできて楽しく,あらためて社会の基底,人々の心理の底にある宗教的要素というのを見過ごして人間心理は扱えないなと強く思いました。
ふだんの生活もAirbnbという民泊をずっと利用して結構移動もしていたので,30組以上のさまざまな地域からの旅行者・滞在者と出会い,そうした経験も今回有益でした。とりあえずの研究の成果は2018年に,ちとせプレスから『偏見や差別はなぜ起こる?』の共編著として刊行されていて,おかげで報われ,救われています。
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