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Over Seas

憂愁のシカゴと研究生活

野村 理朗
京都大学大学院教育学研究科 准教授

野村 理朗(のむら みちお)

Profile─野村 理朗
2002年,名古屋大学大学院人間情報学研究科単位取得退学。博士(学術)。専門は認知心理学,社会神経科学。著書は『なぜアヒル口に惹かれるのか?』(メディアファクトリー新書),『ミラーニューロンと〈心の理論〉』(分担執筆,新曜社),『教育認知心理学の展望』(編著,ナカニシヤ出版)など。

7月4日,夕暮れに到着。ホタルが舞い,木々の合間をリスやウサギの姿がよこぎる。その幻想的な風景は,ミシガン湖に一斉にあがる花火を迎えて,饗宴へと転じた。ここシカゴ市の北部にあるエバンストンは,米国独立記念日より,ノースウェスタン大学心理学部での滞在をスタートしました。

ご一緒したのは文化心理学と神経科学を融合するJoan Chiaoの研究室。派手な初日とはうらはらに,日中は,実験や調査の試行錯誤という楽しくも地道な日々でした。滞在の目的は,東アジア系米国人を対象にデータをとり,日本での結果と比較検討することで,遺伝と環境のかかわりを丁寧に議論できないか。そう考えての実験は,校務への影響を最小限におさえた夏季からの滞在であったため,工夫が必要でした。現地スタッフと協力して,参加者のサンプルプールの確認を手始めに,手分けして知人に声をかけ,手作りのフライヤーを学内に撒き,新聞広告で参加者を募集したりするうちに,徐々に集めることができました。そうした過程で,個人的に感じたことを挙げたいと思います。

まず実験参加者のサンプルプールです。通常,授業で受講生を募ってリストを作成し,主な心理評定尺度や認知課題,脳の構造データなどと束ねて個別の研究とリンクしますが,それが多岐にわたり,比較的大規模であった点です。参加者の「歩留まり」や倫理面を工夫しながら,例えば近隣の機関と協力して,参加者の行き来が可能な距離で,サンプルプールを構築してはどうでしょうか? それからRA(Research Assistant)は,特定のプロジェクト経費等で大学院生等を雇用するのは日本と同様です。しかし,それは研究の推進という目的に特化・洗練されており,RAは,機材の管理,データ採取・解析等のルーティンワークにかかわる一定のトレーニングを受けたのちに,力強く主体的に実験を推進する姿が印象的でした。同じく人材育成という観点では,サマープログラムで学生が海外のラボと行き来するだけでなく,OJTとしてのスキルトレーニングを有機的にリンクする工夫なども参考となりました。

日常は,心理学部の学部長のDan McAdamをはじめfaculty memberとのミーティングやセミナー開催,近隣はシカゴ大学のJean Decetyとの交流の機会にも恵まれました。Jeanは国際学会の要職を兼ねる多忙な人で,面識もなく,会合のタイミングが合うかどうかさえもわかりませんでしたが,彼のラボでのミーティング以降,関心を共有しつつ行き来するようになりました。このシカゴで得たネットワークを通じ,今後何を還元できるか考えています。

肝心なオフは,野外フェスティバルの自然や音楽に「無心」に溶けたり,ミシガン湖周辺のドライブでは,日がとっぷりと暮れるまで波打ち際で夢を語ったり,まるで青春を地でゆくかのような週末もありました。ほんの15分も郊外に向かえば,昔ながらの大味なピックアップトラックが走り,大草原が広がります。かつては1970年代に米国で過ごした幼少期を想起し,その原風景にすっぽり包まれたことは個人的に忘れがたい体験です。

また,ルームメイトのルーツであるポーランド系米国人のコミュニティに入れば,食との出会いは新鮮だが「メンズトーク」は日本と大差ないという,お酒も入れば,それは盛り上がりました。週末ともなれば,かつてアルカポネが拠点としていた「Green Mill」。そこで耳にするスウィングジャズや「Kingston Mines」のブルースに酔い,ときに夜も明け,新たな朝を迎える。そうした日々の中,睡眠不足との折り合いに苦労したことも少なからず。他シカゴならではの多様な芸術や文化……と想いを巡らすうちに,どうも腰が落ち着かなくなりますので,このあたりで筆をおきたいと思います。

このような機会への理解と協力をいただきました同僚,関係諸氏に感謝申し上げます。

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