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【特集】

保育と心理学―新しい関係を目指して

保育というと,発達心理学や教育心理学,あるいは相談援助といった心理学の諸分野と密接な関わりをもっていることは自明のように思えます。実際,保育者養成校では心理学に関する科目が必修となっていますし,その知識が大切であることに異を唱える保育者はいないでしょう。また,特に子どもを対象とする心理学の研究者であれば,幼稚園や保育所などの保育実践の場でデータを収集したことがあるという人も多いはずです。しかしその一方で,心理学研究と保育実践の間に微妙な距離感を感じている人も実は少なくないのではないでしょうか。

本特集では,保育と心理学について様々な視点・立場からその関係性を問い直してみたいと思います。「心理学を勉強してもなかなか保育実践に活かせない」「保育学と心理学はそもそも違う」で終わらせず,保育において心理学がどのように貢献できるのかや,保育現場から心理学は何を学べるのかを考えていきます。両者がお互いに学び合い,発展するためには何を認識しておくことが大切なのかを考える機会になればと願っています。(旦 直子)

心理学は保育にいかに貢献できるか

無藤 隆
白梅学園大学大学院 特任教授

無藤 隆(むとう たかし)

Profile─無藤 隆
東京大学教育学部卒業。東京大学大学院教育学研究科博士課程中退。聖心女子大学助教授,お茶の水女子大学教授などを経て現職。日本質的心理学会理事長,日本発達心理学会理事長,保育教諭養成課程研究会理事長,中央教育審議会委員,内閣府子ども・子育て会議会長などを歴任。専門は発達心理学・教育心理学,保育・幼児教育,小学校教育。著書は『幼児教育のデザイン』(東京大学出版会),『新しい教育課程におけるアクティブな学びと教師力・学校力』(図書文化社)など。

心理学特に発達心理学を中心に,それが保育・幼児教育(以下,まとめて「保育」)をいかにより良いものにしていけるかについて検討したい。主にこの数十年の保育現場(幼稚園・保育所等)への私の関わりと,また並行して,幼稚園教育要領や保育所保育指針やその他の基準や関連する制度(例えば「子ども・子育て支援制度」)の施策作成に関与してきた経験,自治体等での保育現場援助の実質的・制度的な支援活動(例えば幼児教育センターの設立や巡回相談の拡充)の設置や充実への営みなどを元にそこに心理学的知見を踏まえて関わりがいかに可能かを論じたいと思う。おそらく心理学を元々専攻し,各地域で私などの行ってきたことと近いことを試みている方々も少なくないと思うので,その参考に供したいとも思う。そこで,必ずしも心理学の果たす役割の総体を扱うわけではないので,関連文献として例えば,次のものなどを参照されたい。(無藤隆・長崎勤(編)(2012)『発達と支援:発達科学ハンドブック第6巻』新曜社)

研究エビデンスや基礎的研究知見の果たす役割

心理学としてトレーニングを受け,その知見をアップデートしつつ,なおかつ保育などの実践現場に関わり,むしろそれを仕事のメインとするとすれば(それはつまりプラスのサービスとしてではなく),そういった心理学的知見はどう使われ役立ちうるのであろうか。心理学から発してそういった実践に関わる際,心理学の発想を大きくは活かすにしても,その後の心理学の実証研究をフォローして役立てることを放棄する場合もけっこうあるようだ。そうでなく,役立てていくにしても,大きく四つほどの類型に分けられそうに思う。

第一は応用場面における実証研究者としてである。とりわけ近年,実践に関わるエビデンスが求められ,そのための方法論も進んできた。ランダム割り当てによる実験は難しいにしても(欧米ではかなりある),大規模縦断研究やその他の手法により,保育の影響を実証することや媒介・緩和要因を見いだすことである。また基礎から踏み出して応用的な提言に基づき介入や支援や実践の変革の試みを行おうとして,その実証的な成果を捉えるものである(Translation Researchと呼ぶこともある)。それは心理学・経済学・社会学などの特に数量的統計的な方法論に基づく。

第二は並行させていくやり方であり,多くの保育者養成校に勤務する教員・研究者が採用しているようである。つまり,大学院時代からの基礎的な研究を行いつつ,現場に関わる支援や実践研究を行うのである。そこでは必ずしも二つの基礎と現場への関わりの関係が意識されず,現場固有の広義の研究的成り立ちへの関心は薄い。

第三は実践現場への関わりの経験を活かしつつ,もう一つの心理学の可能性(alternative psychologies)を創り出していくことである。そのためのヒントは実験心理学からかなり外れるにしても,状況論や社会的構築主義やその他の社会的文化的アプローチで盛んである。様々な哲学・思想からの影響を受けて,構想し,実践を変えていこうとする人たちもいる。

第四は実践現場への助言活動の中に心理学的知見を活かそうとする立場である。私はどちらかと言えばこれに最も近い。基礎的研究に学びつつ,それを直接に適用するというより,それを手がかりに実践現場に即して新たな可能性を考え,助言へと変えていくのである。

こういったいくつかのアプローチがあり得るのは,逆に言えば,心理学の通常の基礎的知見をそのまま適用することはできないという経験があるからである。ほとんどの知見はたくさんの要因が働くため,確率的なものとなる。しばしば一つの働きかけの変数の効果量が小さい。いくつもの媒介し緩和する要因の中で働く。多数の変数が相互作用する中で意味を担う。多くの変数は適切に測定することができず,せいぜい近似的な指標があるだけである。

とりわけ保育のような実践として確立された領域では,膨大な数の現場があり,実際に保育者がいて成り立っており,制度的にも規制が掛かり,何より保育者自身が伝統的な多数のコツに頼って実践を行っている。しかも,そのコツは言語化が容易ではなく,また場合によって使い分けていくものでもある。現場の物理環境的人間関係的な働きが重要であるが,それらの多くは以前のものを受け継ぎ,改良していくものであって,個々の保育者は必ずしも自覚的でない。

カウンセリングとか療育などはそういった現場から子どもないし親子を引っ張り出して,新たな場を構成して行うことが多く,そこでは心理学的知見は比較的直接に適用できる面もある。だが,保育現場そのものは今述べた事情により既に多数のコツの絡み合いの中で動いており,そこに心理学の知見を直接に持ち込むことは難しいし,もしかすると弊害を生む可能性もある。むしろ,保育者の持つ実践的知恵への敬意を持ち,そこでの協同作業の中で実践現場の外で成り立つ知見を活かさねばならない。しかも,心理学的知見はそのような外から持ち込みうる知見のすべてではとうていなく,保育現場に研究者として関わるとしたら狭い専門だけに限っていくわけにはいかない。

さらに保育は外からの研究者が替わって実践することではない。外からは助言に止まり,あくまで実践は当事者である保育者の問題である。だから,外からできることは勇気づけ(empowerment)であり,それはまたいかにして保育者の構想し選ぶ実践の可能性を広げるかでもある。

実践研究や事例研究の果たす役割

実践研究というあり方を認めるのかどうか。基礎的研究のみならず応用研究にしても実験的ないし統計調査的なアプローチが主流であるが,それ以外の方法論を組み入れつつ(とりわけ質的方法),実践者のいわば感覚的直感的な実践の知恵/ノウハウ/コツを活かし,また現場での実際のあり方の記述から発して,その改善に向かおうとするものである。日本では伝統的に特に小中学校の教員がその授業実践について記録に取り,その授業の進め方について検討を加える実践研究が先進的学校・教師により担われてきた。またそれを助長するものとして指定研究が文部科学省や教育委員会や民間財団などで行われ,多少なりとも研究費を提供している。保育の世界はそれに準じて,そこまで実践研究は活発ではなかったが,その伝統は長く(おそらく昭和の初めあたりから),そして近年のその活性化は特筆に値するように思う。

そういった広義の研究は必ずしもアカデミックな意味での研究ではない。何より先行研究をまとめ,それとの関連で自分の研究を位置づけるという習慣がない上に,そういった実践研究を概括するような場がないし,まとめる手立てもノウハウレベルのものは現場の個別事情に依存し,またかなり直感的な記述のために難しいところがある。保育者自身も自分の実践の力を入れた点を主に述べるにしても,それがどのようにして成立したかを細かく記述するとか,理論的に要点をまとめるという習慣がない。さらに,理論を使うとしても特定の例えば保育現場をリードしてきたいわばカリスマ的指導者の理論を祖述するに止まり,理論と実践とのつながりが曖昧な上に,反証可能ほどの詳細が記述されない。

だが,そういう難点は実践研究が無意味だということを必ずしも意味しない。確かに多種多様な実践知により現場の実践は動いているのであり,それをすべて例えば心理学の知見で説明するのは一面的で強引な切り取り方となるだろう。また近年,質的な研究の方法論の導入により,詳細を多少とも反証できるような,あるいはせめて理論との対応を見ながら微細にわたり吟味し直せるようなやり方が広まってきている。そういう動きの中で研究者が開発してきた基礎的な知見の諸々と現場の実践の中の多様な実践知のつながりの記述が可能になりつつあると考えるのである。

心理学は有効か,その実例による検討

保育の世界に対して,心理学のトレーニングを受け,その知見を学び,時に心理学としての研究を行うような人間が関わって,どのような役立ち方ができるのであろうか。もとより単に心理学の解説を行い,役立たせるのは現場側の保育者の問題であるという割り切り方もある。あるいは心理学の知見をそのまま現場に持ち込み,その現場の保育の善し悪しをそれで切り分けることをすることも不可能ではないかもしれない。だが,そうではなく,研究知見と先ほどから述べている現場側の実践の知恵を結びつけ,しかも何らかの保育の改善を行おうとするとすれば,その志向はいかにして実質的なものとなりうるのであろうか。以下に私の行ってきたことを例として挙げながら,その可能性を論じよう。

既に述べたようにカウンセリングなどの子ども・親子を相談室等で支援する試みがあるわけだが,それに近い現場支援として,個別の子ども・親子などの支援を実際に園に出向いて行うことがある。多くは発達障害などの疑いがある場合だが,そうでなくても,何らかの困難を抱えている子どもだったり,また保育者側がどう保育してよいのか戸惑いを感じている場合である。このための心理学的原則は比較的研究も多く,幼児期の発達障害が疑われる子どもの視点として多くのノウハウが蓄積されてきており,それは心理学とかなり整合的なものとなっている。

以下に述べるのはそういった心理学の開発してきたものをいわば直線的に応用するものを超えた関わり方である。そこでは,心理学はもちろん,多くの学問を背景とし,同時に現場の実践のあり方に精通していく努力が求められる。

個々の園の保育のあり方への支援

個々の園でのカリキュラムや指導のあり方を現場の実践者と共に検討していくことや個々の園での保育者の子どもへの関わり方を見ながら,その改善を助言すること,さらにそういう仕組みそのものを開発していくことが多くなされており,そこに心理学専攻者が関わることも増えてきた。

私は年に2回ないし3回特定の園を訪れる「園内研究会」への関わりを長年続けており,既に10年以上関わっている園もいくつかある。そこでは何をしているのか。典型的なルーティンはこうなる。まず,午前中,保育活動を見る。午後,担任などを交えて話し合いをする。改めてそこから助言をする場合もある。また特定の実践上の課題が出されることもあり,それに沿って答えることもある。一緒になって特定のカリキュラムや指導の仕方やあるいは園内の環境における施設・設備等の開発や改善を行うこともある。

そこでの助言とは研究者としてアカデミックに学び考えてきたことともに現場実践を見て,実践者と共に考えてきたことが背景にある。同時に,幼稚園教育要領など現場の保育を大まかに規定している方針があり,その解釈に基づく面もある。例えば,乳幼児期の発達心理学の知見や動機づけの心理学の進歩,神経心理学の最近の知見などを頼りにできる。さらに近年,保育を巡るエビデンスが欧米を中心に蓄積されてきており,それをベースにしての理論化も進んできたので,それを参照することもある。最も多いのは日本各地さらには世界的に優れたとされる実践群があり,そのやり方や趣旨を参考にすることである。

そこで心理学の知見を使うのには留意すべきことがある。何より心理学の知見をなまに出すことをしない。必ず現場実践の進展の中でまた保育者の考え方をくぐらせて論じる。特定の心理学の知見で筋を明快にすることよりその場で使えそうなこと役立ちそうなこと,現場の保育者に響きそうなことを選ぶ。だがもちろんそのような解説の仕方を努力するのであり,さらに心理学の知見でのむしろ発展に通じるかもしれないと思えるところを現場側から取り出したいといつも考えている。それに近い心理学の流れは文脈ごとの発達という標語によって発達心理学の有力なアプローチとなりつつある。

要領・指針の改訂等への関与

保育現場での保育の方向性を規定する基本が幼稚園教育要領や保育所保育指針などであり,おおむね10年に一回改訂される。その改訂は担当省庁の課が責任を持つのであるが,研究者・実践者の部会を作り,そこで2年以上の議論を経て,決められる。私はそこに三度にわたって関わる機会を得たが,特に2017年3月告示の幼稚園教育要領では中心的な役割を担った。

今回の改訂の要点は,幼稚園・保育所・認定こども園のカリキュラムを共通化すること,小学校教育への接続を強化し乳幼児期の教育の土台を明確にすること,それらを貫く柱として資質・能力を基本に置き,その成長を幼児期の終わりまでに育ってほしい姿として理解可能なものとすることである。そもそも子どもの発達が園種により大きく異なるはずもなく,園で預かる時間や年齢で大きく発達が左右されて良いはずもない。特に乳幼児期の発達は学校固有の学習ではないので,その普遍性はかなり大きく想定できる。また,小学校との関連において,乳幼児期の芽生えとしての発達が後の教科教育を構成するようになることは心理学で多くの研究がある。言葉は言うまでもなく,数でも音楽でも多くの研究がある。そしてその教育を通して促す際の子どもの力の発達は知的な面と社会情動的な面とに分かれ,さらに知的な面は物事の特徴を見いだす知識に関わる面とその特徴を考慮して問題解決をしていく思考する面とがある。その三つを資質・能力と呼び,それが内容領域ごとにどう異なり,幼児期の終わりにはどういう具体的なあり方を示すかを「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」として示している。これらの改訂の特徴はいずれも心理学を中心として保育の実践的検討とそのエビデンスの収集から浮かび上がってきたものである。それをさらに保育実践の改善に活かすためにもこの分野への心理学研究者の寄与は大きい。

心理学と実践知と教育思想と制度改革の交錯

乳幼児期の発達と教育のあり方の検討は興味深い主題を形成していると私は考えている。その特徴づけが十分に制度的に確立されていないためにまだまだ開拓の余地が大きいということがある。さらにそのエビデンス収集は世界的には急速に進みつつがあるが,特に我が国ではそれが遅れており,その推進が望まれる。いずれも心理学の寄与するところは大きい。

その上で,特に教育としてのあり方について三つの顕著な特徴がある。既に述べたように極めて多くの実践的な知恵が詰まった実践領域であり,その解明なしに何かの原理に基づいた教育方法を持ち込むことはおそらく機能しないし,時に弊害を生むかもしれない。その実践の「可視化」を工夫し,その実践の言語化に努力する必要がある。第二に,保育という実践は子育て全般と類似しながらも,園という独自の環境において保育者という専門的資格を持った経験者が何年もの経験と研修を積んで取り組んでいる。それを規定するのは制度であり,それに支えられた研修である。第三に保育は常にそのあり方への思想的な発想と理念に支えられている。それらの絡み合いこそこの分野を刺激に富み,研究として豊かな場としているのである。

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