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【小特集】

オウムの声まねから学べるもの

関 義正
愛知大学文学部心理学科 教授

関 義正(せき よしまさ)

Profile─関 義正
千葉大学大学院自然科学研究科博士課程修了。理学博士。東京大学大学院総合文化研究科助教などを経て現職。専門は生物の音声コミュニケーション。著書は『行動生物学辞典』(分担執筆,東京化学同人)など。

オウム・インコの仲間は種類や個体にもよりますが,ヒトの発語を模倣して「おはよう」などと発声します。このことは古くから知られており,アリストテレスや清少納言による記述も残っています。このような,聴覚経験に基づいて後天的に発声パターンを獲得する能力を「発声学習能力」といいます。オウムの仲間はこの能力をヒトの発語の真似においてだけでなく,同種個体間のコミュニケーションにおいても用います。

ヒトは特殊な音でなければ,初めて聞く音でも難なく模倣できます。しかし,実のところ,発声学習には,その基盤となる神経機構と複雑な認知能力が必要です。ヒト以外の霊長類はヒトの発語を模倣しません。鳥類においては,オウム目やキュウカンチョウが属するスズメ目のトリの脳に発声学習を担う発達した神経回路がある一方,ハトなど多くのトリはそのような神経回路を持たず,ゆえに発声学習能力も持ちません。

では,なぜ一部の動物だけがそのような神経機構を進化させ,この能力を獲得したのでしょうか。有史前に起きたことですから,その答えを知ることは困難です。しかし,この謎に挑むために行われてきたヒトと他の動物の比較研究は,後天的に獲得される音声を使ったコミュニケーションの利点を浮き彫りにしてきました。

コミュニケーションと発声学習能力

一例を挙げます。自分の家のイヌとほかのイヌの鳴き声を聞き分けられるように,発声学習能力のない動物についても,声による個体識別ができます。そうすると,それらの鳴き声は「名前」としても使えそうですが,実はそうとは限りません。例えば,発声学習能力を持たないある動物種がみな生まれつき,個体AもBも「ポー」という同じパターンで鳴くとします。すると,その声質からAとBを区別できるかもしれません。そこで,個体Cがこの鳴き声を名前のように使おうと考え(そもそも名前の概念がないかもしれないので,あくまで仮の話です),Aを呼ぼうとして「ポー」と鳴くとします。しかし,AではなくBが応えてしまうかもしれません。これでは,この生得的な発声は名前の機能を果たせません。

一方で,ヒトは発声学習能力を持っていますから,「一郎」「二郎」と名乗り,三郎は「一郎」を名指しで呼べます。つまり,発声学習に基づく音声による名付けは,コミュニケーションの幅を大きく広げます。オウムやインコの中には,個体それぞれが音響パターンの異なるコール(単発の声:図1)を後天的に獲得し,さらに,他個体がそれを模倣する種もいます。そうすると,そのコールは,名前の機能の一部を担うかもしれません。私たちの研究室では,実験によりこの可能性を検討しています。

さて,名前を使うことは自他の区別に繋がります。これは自分の存在に注意を向けるきっかけになるかもしれません。そうすると,心理学の難問である「自己意識」の由来を探るには,名前,ひいては発声学習能力に着目できるかもしれません。私たちは自分自身が生きていること,何かを感じ考えることを認識でき(ると思ってい)ます。ヒト以外の動物にもこれと似た感覚があるのでしょうか。この疑問を解こうとすれば,その研究対象の最有力候補の一つはオウム・インコの仲間でしょう。

図1 セキセイインコの発声の例。上下はそれぞれ異なるトリのコール。縦軸は音高,横軸は時間,濃淡は音圧を表す(サウンドスペクトログラム)。縦軸の単位はkHz。右上の横棒の長さは100ミリ秒。
図1 セキセイインコの発声の例。上下はそれぞれ異なるトリのコール。縦軸は音高,横軸は時間,濃淡は音圧を表す(サウンドスペクトログラム)。縦軸の単位はkHz。右上の横棒の長さは100ミリ秒。

ヒトとのよい関係が促すオウムの発声模倣

オカメインコ(分類学的にはインコではなくオウム:写真1)は口笛のような声で音楽のメロディを真似るのが得意です(なお,ヒトの口笛は声帯運動を伴わないので発声ではありませんが,オカメインコの声は発声です)。私たちの研究室でも,手乗りとして育てた雛3羽がヒトによる口笛の演奏を真似るようになりました。さらに,ヒトの演奏が始まると途中からそれに加わり,タイミングを合わせて一緒にうたうようになりました。これには,メロディ全体を記憶し,聞いている音がその時間構造のどこに位置しているのかを判断し,次に出てくる音のタイミングを見計らって発声器官を運動させるという一連の複雑な認知過程を要します。これまでに,このような「ユニゾン」をうたうヒト以外の動物の報告はありません。この特異な行動を発現させたのは,ヒトとの間に築かれた強い社会関係かもしれません。

さて,同じ種でもヒトが発する音を真似るトリとそうでないトリがいます。その理由の一つは「絆の強さ」の違いにあるかもしれません。私たちの研究室では,ヒトとの親密な接触によるオカメインコのメソトシン(哺乳類のオキシトシンに対応)の分泌量の変化を測定しています。これにより,生物分類また進化の系統樹上では「綱」のレベルで異なるトリとヒトの間にも,ある種の温かな関係が成立することを物質の量で示せるかもしれません。

なお,米国にはAlexという有名なヨウム(中型インコの一種)がいました。ペッパーバーグ博士は,長期にわたって築いた社会関係により,Alexに多数の英単語の音を模倣・使用させることに成功し,その認知について膨大な数の研究を発表しました。

写真1 オカメインコ
写真1 オカメインコ

発声以外の行動の模倣や同調によるコミュニケーション

オウム・インコは,他のトリにつられて体を動かすことがあります。インコ間であくびがうつるという研究報告もあります。私たちの研究室では,ビデオ通話を介した状況でも,セキセイインコ間にそのような「行動伝染」が起こることを示しました(Ikkatai et al., 2016)。

また,ヒトがダンスを踊るように,音楽の拍に合わせてリズミカルに,また自発的に体を動かすオウムについての研究報告があります。このような行動はヒト以外にはあまり見られません。私たちの研究グループは,セキセイインコが定間隔のリズムに合わせて体を動かす一定程度の能力を持つことを示しました(Hasegawa et al., 2011;Seki & Tomyta, 2019)。なお,野生のヤシオウムは,道具を作り,それをリズミカルに打ち鳴らして,仲間の注意を引きます。これらを考え合わせると,オウム・インコの仲間は,リズムに敏感で,リズミカルな運動をコミュニケーションに利用する性質を共有しているのかもしれません。

このような行動の模倣・同調能力と発声学習能力との関係についてはよくわかっていません。しかし,先述の神経回路の構造から,これらの能力の関連を検討している研究者もいます。模倣・同調は,コミュニケーションに密接に関わり,心理学の大きな研究テーマの一つです。この点でも,オウムやインコは優れた研究対象です。

おわりに

オウム・インコは社会性が高く,特に手乗りとして育てられたトリは,飼主との持続的な良い関係を必要とします。そのため,飼主は,毎日エサ・水をあげ,清潔にすることに加え,カゴから出して遊ぶなど,トリとの適切なコミュニケーションをとる必要があります。さもないと,トリに心的ストレスによる毛引きなどの望ましくない行動が生じます。

さらに,オウム・インコは長命で,50年以上生きるものもいます。ですから,安易な飼育は勧められません。ですが,決意と責任をもって世話することさえできれば,これだけ魅力的な伴侶動物,また研究対象はそうはいません。

文献

  • Hasegawa, A., Okanoya, K., Hasegawa, T., & Seki, Y.(2011)Rhythmic synchronization tapping to an audio-visual metronome in budgerigars. Scientific Reports, 1, 120.
  • Ikkatai, Y., Okanoya, K., & Seki, Y.(2016)Observing real-time social interaction via telecommunication methods in budgerigars(Melopsittacus undulatus). Behavioural Processes, 128, 29-36.
  • Seki, Y., & Tomyta, K.(2019)Effects of metronomic sounds on a self-paced tapping task in budgerigars and humans. Current Zoology, 65, 121-128.

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