公益社団法人 日本心理学会

詳細検索

心理学ワールド 絞込み


号 ~

執筆・投稿の手びき 絞込み

MENU

刊行物

裏から読んでも心理学

笑えばいいって本当でしょうか。

慶應義塾大学文学部 准教授

平石 界

ハダカデバネズミという動物がいます。哺乳類のくせにアリやハチみたいに女王や兵隊や働きネズミがいるという奇妙な動物で,その存在を知ったのは20世紀末のことでした。手に入る情報といえば教科書のモノクロ写真くらいのもので,そこから色や大きさ,重さ,動き,声を想像して身悶えたものです(大げさ)。それが今やどうですか。検索すればあっというまに数多の記事と写真,そして動画までが見られるのです。インターネット万歳。

何の話かというとご質問の件です。楽しいから笑うのか,笑うから楽しくなるのかって問題は,かのウィリアム・ジェームズも取り上げた19世紀から続く一大テーマでして,近年は「顔面フィードバック仮説」って形で検討されてきました。唇に触れないようにペンを歯で咥えると,ニッと笑った「笑顔」の形になる。その状態で漫画を見ると面白さが倍増する※という研究が有名ですね(Strack et al., 1988)。20世紀の心理学界の重要な仕事の一つといえるでしょう。

しかし時代は21世紀。「未来予知は,できます!(Bem, 2011)」なんて論文を業界のトップジャーナルが掲載してしまったものですから大騒ぎになって,「教科書に載ってるアレもアレもアレも本当はアレなんじゃ」みたいな疑心暗鬼が心理学界を跳梁跋扈するようになってしまい,そのとばっちり……というと語弊があり過ぎですが,顔面フィードバックも追試しようと話が盛り上がります。現代の追試は徹底していて,十分な数の参加者(>1000人)を集めてガッツリやる。となると一つの研究室では到底無理だから,17ラボが共同でやる。手続きを万全にすべく元論文の著者含め専門家に意見もきく。結果にかかわらずちゃんと公表されるよう雑誌から事前に掲載許可も取りつける。お祭りのようなビッグプロジェクトの成果が発表されたのが2016年で,結果はネガティブでした(Wagenmakersら, 2016)。形だけ笑顔を作っても楽しくなることはない。なんだそれ笑えない。当時はがっくりきたものです。

ところが世の中には「まだまだ終わらんよ」と考えた人たちもいて,敵対的チームによる共同研究に乗り出しました。仮説に支持的な人たちと,懐疑的な人たちが,一緒にアイディアを出し合って研究プランを立てたんですね。これなら結果を見てからの後出しジャンケン的な誹謗中傷が避けられます。共同研究は今まさに進行中で,2019年1月に予備実験の結果が報告されました。今のところポジティブ。顔面フィードバックは効くかも(Colesら, 2019)。おお。

インターネットの存在がこれらの共同研究を強く後押ししたことは間違いないでしょう。加えてこれら研究の詳細はネット上で公開されていて,通信環境と読解力さえあれば,誰でも楽しめます。追試論文は誰でもダウンロードできるオープンアクセスですし(そうでない論文も世の中には多いのです),敵対的共同研究の報告はPsyarxivという原稿共有サービスで公開されています。素晴らしい。読んでみると研究者の悲喜こもごもが行間どころか行そのものからビシビシ伝わってきて一読の価値ありです。最も涙を誘うのが追試論文におけるランカスター大学はLynottさんラボの記述でしょうか。目標である200名のデータを集めるべく奮闘したものの,洪水と停電で大学が閉鎖されちゃって158名しか集められなかったという告白が書かれていてですね。そんな時でも笑顔を忘れないことが大事。と言えるのかどうか,敵対的共同研究の本実験が楽しみです。

※すみません,盛りました。Cohenのdで0.82です。

Profile─ひらいし かい
慶應義塾大学文学部 准教授
東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。東京大学,京都大学,安田女子大学を経て,2015年4月より現職。博士(学術)。専門は進化心理学。

平石 界

PDFをダウンロード

1