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この人をたずねて

石井敬子 氏
名古屋大学大学院情報学研究科 准教授

石井敬子 氏(いしい けいこ)

Profile─石井敬子 氏
2003年,京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。博士(人間・環境学)。専門は社会心理学,文化心理学。著書は『名誉と暴力:アメリカ南部の文化と心理』(共編訳,北大路書房),『文化と実践:心の本質的社会性を問う』(分担執筆,新曜社),『つながれない社会』(共著,ナカニシヤ出版)など。

石井先生へのインタビュー

インタビュアー:ふたむら いくみ

─ご研究のテーマの全体像についてお聞かせください。

文化心理学の中でも,特に認知と感情の認識の文化差に興味があります。全体的な関心としては,どうしてものの見方とか感じ方に文化差が生まれるのか,なぜ文化が存在しているのか,ということです。文化とか社会も人が作り上げているものなので,人と文化と社会のインタラクションがすごく重要になってきますから,そこに関して少し違った切り込み方をしたいと思っています。一つは,文化と心のインタラクションについて,遺伝子多型に着目した研究をしています。もう一つは,全然違う方向から,でも「文化の維持」という観点から,ある文化の人たちが作り上げた文化的産物が,人から人に伝達される時に,どういう情報が残ってどういう情報が消えていくのか,どう意味が変わっていくのかに関する研究もしています。いずれにしても,大きく見ていくと,人のインタラクションからできる文化というのがなぜ成り立っているのかを明らかにしたいというのが最近の研究動機です。

─これまで取り組まれてきたご研究は,具体的にどのような内容だったのでしょうか。

大学院生のころから取り組んできたのは,感情的発話の理解の話です。日本人は,敬語に気をつけたり,場の空気を読んだり,色々と気をつけなければいけないことがたくさんあるハイコンテクストの文化ですけど,アメリカとか英語圏の文化はローコンテクストなんですよね。そういうコミュニケーションスタイルの違いが,私たちが発話を理解する時にどう影響するのかということを,日米比較を通して検討してきました。

また,文化といった時に,日本とアメリカという二分法的に分けちゃうとわかりやすくていいんですけど,一体,文化の何が影響を与えているのかということを考える時には,日本の中での違いっていいヒントになると思うんですよね。私は京都大学を出て,初めて就職したのが北海道大学だったんですけど,北大でデータをとってみたら,京大で実施した時と全然結果が違うんですよね。北大のパターンがすごくアメリカ人的なんです。北海道って開拓の歴史があって,アメリカも移住の歴史を持っているところですし,それが個人主義と関連している可能性がありますよね。日本とかアメリカとかの文化比較だけじゃなくて,文化内比較とか,文化の何が文化差を生んでいるのだろうということも研究してきました。

─文化というテーマに関心をもたれたそもそものきっかけとは。

文化に興味を持つようになったのも本当にたまたまなんです。そもそも私,大学に入った時も心理学をやるつもりは全然なくて,学部も実は農学部だったんです。それで,たまたま大学でとったのが,結果的には指導教官になる北山忍先生の授業だったんですけど,驚きの連続でした。当たり前だと思っていたことがどうも全然当たり前ではないっていうことが衝撃的で。たとえば逸話レベルですけど,エスキモー(イヌイット)とか,雪に関していくつも言語があるっていう話があるじゃないですか。ああいうのも,知った時にはほんまかいなって思って,そんなに違ったらたまったものじゃないな,文化っていうのはそんなに影響あるのかって感じました。あとは,実際に色々研究をやってみて,いかに自分が日本文化にがんじがらめになっているかをいろんな時に感じて,自分を含めて,人の行動原理とか心の働きを探るうえで,どうも無視できないものが文化にはあるんじゃないのかなって感じました。そういうところから,文化に注目した,人とは何かっていう研究ができたらなぁと思ったのが出発点です。

─自分自身も文化の中で生きていると,自分を相対化して,自分の当たり前を疑うことって難しいのではないかと思うのですが,先生はどのように研究テーマを見つけていらっしゃるのでしょうか。

難しいですよね,私自身が知りたいところです。一つは,心理学だとだいたいアメリカ人を対象とした論文ばかりなので,そういうものを読んで,これは直感的に合わないなというところから始める場合もあります。あとは,共同研究者と議論しているところから出てくることも多いですよね。共同研究者が海外にもいるので,違ったバックグラウンドの人との対話っていうのが,そういうのを気づかせてくれるうえでは重要になってくるのかなと思います。

─文化を研究するときの難しさや工夫があれば教えてください。

やっぱり言語のハンデもあるし,こっちが思っていることは向こうにはなかなか伝わらないので,結局わかりやすい実験をするっていうのに尽きるんですよね。あんまり凝った実験をやるとこけるというのか,相手に理解してもらえないというのかな。本当に単純な実験デザインを使って,課題も非常に簡単にして,そういうところで勝負していくというのか,それでうまく文化差を見つけられるといいなというところは常々考えています。

─これからどのようなご研究に取り組もうと考えていらっしゃいますか。

遺伝子多型と文化の関係については,いくつかのことが明らかになってきていますが,あまりに散発的で,ある遺伝子多型を扱っている研究では他の遺伝子多型について見ていないんですよね。なので,遺伝子多型についてできるだけ網羅的に調べる研究を今やっていて,これから4〜5年はかかりそうです。過去の結果が追認できるのかとか,これまでにわかっていない遺伝子多型と文化差の関連があるのかとかについて,系統立てて,サンプルサイズも大きくしたうえで検討しています。

─最後に若手研究者に向けたメッセージをお願いします。

うまくいかないことがほとんどじゃないですか。だから一つだめでも落ち込まないで,いくつかオプションを持っておくようにして,どれかは当たるように心掛けていくのがいいんじゃないのかなって思いますね。あと,英語で書くことは重要だと思います。英語で論文を書くと,自分の研究をいろんな人に知ってもらえる可能性が高まって,新しい人と一緒に仕事ができて,また成果につながっていくので,リジェクトされてもめげずに色々出していって,だんだん積み上げていくのが重要じゃないかなと思いますね。

インタビュアーの紹介

インタビュアー:ふたむら いくみ

インタビューを終えて

今回,石井先生にお話を伺い,文化心理学の多様な視点の切り口を教えていただき,そのおもしろさと奥深さにとても心惹かれました。これまでに取り組まれてきた幅広いご研究内容や最新の研究知見など,伺ったお話はどれも興味深いものばかりでした。また,石井先生は,私の研究テーマについても聞いてくださり,質問にお答えいただく際にも,私の関心と関連する内容を取り上げながらお話しくださいました。誌面の都合上,記載することができなかったのですが,石井先生が実施された,子どもを対象としたご研究についてのお話は,特に興味深く,題材や指標の設定の仕方など,とても勉強になりました。石井先生のお話を伺って,私も自分自身のテーマについて,比較文化的な視点を取り入れた研究を行いたい,という気持ちがより一層強くなりました。

現在の研究テーマ

私は,向社会的行動に関する認知の発達的変化について研究しています。向社会的行動は基本的にポジティブに評価されるものと考えられていますが,実際には,背景にある文脈に応じて,大きく異なる形で認知されます。また,その認知の仕方は発達的にも大きく変化します。様々な文脈の中で生じる向社会的行動を,人びとがどのように認知し,その認知のあり方が発達とともにどのように変化するのかについて明らかにしたいと考えています。

拙筆ではありますが,今回インタビューをさせていただいて強く感じた,石井先生の温かいお人柄と,文化心理学の魅力について,少しでもお伝えできていれば幸いです。このような貴重な機会をいただき,本当にありがとうございました。

Profile─ふたむら いくみ
名古屋大学大学院教育発達科学研究科博士後期課程(2019年3月末まで)。博士(心理学)。同年4月より,東京大学大学院教育学研究科教育学研究員。専門は発達心理学。論文は,Age-related differences in judgments of reciprocal and unilateral prosocial behaviors(共著,Journal of Experimental Child Psychology)など。

ふたむら いくみ

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