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  5. AI時代の認知心理学は人文科学でもあるべきだ

巻頭言

AI時代の認知心理学は人文科学でもあるべきだ

千葉大学 名誉教授
御領 謙(ごりょう けん)

私の卒業論文(1963年度)は視野闘争に関する実験心理学的研究であった。両方の目に別々の画像,例えばウサギと亀とを見せると,両者が重なって見えることは少なく,二つの画像が交互に見える。何故こんなことが起こるのだろう? 目から神経系に入った情報がどのように処理されて意識的知覚が発生するのか? 卒論を通して,このことが一生のテーマとなった。大学に職を得てからの関心は,短期記憶,ワーキング・メモリ,注意,単語認知など認知心理学の主要問題に広がった。私自身の貢献は無に等しいが,私のキャリアと重なるここ50年ほどのこの分野の発展は目覚ましい。今では心的情報の流れ図(認知機能モデル)で日常行動や認知機能障害などをかなり詳しく説明できるようになった。

だが大事な問題が残されている。認知機能モデルで陰に陽に必要となるのが,情報の流れを制御し,心的情報を生成する中央実行系(CES)という要素である。このCESの機能についてはかなりよく議論されてはきたが,根本的な問題が残されているのだ。私たちは自分の心を振り返って見るとき,まさに「私」がこのCESの働きを監視し,実行していると実感できる。しかしこの「私」とは一体何であるか。自然科学的方法をとる認知心理学は,比較的下位の取り組みやすい認知機能研究に傾斜しがちで,残念ながらこの根本的な問題を棚上げにしている。

近年AI(人工知能)の進歩が著しく,人間の認知機能を遥かに凌ぐAIが近い未来に現れると予測する人も多い。AIにもCES機能が必須であるが,当面はその大半は人間の支配下に置かれるであろう。しかし,もし完全に自立するAI,つまり「人工的私」に支配されるAIが現れるとすると話は厄介である。人類はそのようなAIが現れる前に,「私とは何か」についての考究を極限まで煮詰めておく必要がある。そして仮にも人間の「私」に似ても似つかぬ,悪魔的な「人工的私」が出現することのないように,技術的進歩の舵取りをする必要がある。

ところで「私とは何か」というこの難問は,自然科学的理解を超えている可能性が高い。だが人類が自らを知る方法は自然科学的方法に限られているわけではない。認知心理学は,臨床心理学など心理諸科学と協働するとともに,哲学や文学などの人文科学的接近による人間理解の営為にも積極的に目を向け,「私」やCESの総合的理解に努めるべきではないだろうか。(プロフィールの著訳書③の,序章と終章などを参照)

御領 謙

Profile─御領 謙
1964年,大阪市立大学文学部卒業。1966年,大阪市立大学大学院修士課程修了。文学博士。1966年に千葉大学文理学部助手。1983〜2006年,千葉大学文学部教授。2006〜2014年,京都女子大学教授。専門は認知心理学。主な著訳書は,①『読むということ(認知科学選書5)』(東京大学出版会),②『人間の情報処理:新しい認知心理学へのいざない』(訳,サイエンス社),③『最新認知心理学への招待:心の働きとしくみを探る 改訂版(新心理学ライブラリ7)』(共著,サイエンス社)など。

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