【特集】
公認心理師の養成
鈴木 伸一(すずき しんいち)
Profile─鈴木 伸一
2000年,早稲田大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了。博士(人間科学)。これまでに,国立精神・神経医療研究センター客員研究員,ロンドン大学精神医学研究所客員研究員,日本認知・行動療法学会理事,一般社団法人公認心理師の会副理事長,公認心理師養成大学教員連絡協議会事務局長などを兼務。専門は臨床心理学,医療心理学,行動医学。著書は『公認心理師技法ガイド』(共編,文光堂),『公認心理師養成のための保健・医療系実習ガイドブック』(共編,北大路書房)など。
公認心理師養成の概要
2017年9月に公認心理師法が施行になり,2018年4月より全国の心理学系学部および研究科において,公認心理師養成がスタートした。公認心理師法に規定されている必須科目は,表1に示す通り,学部では25の講義・演習科目および心理実習,大学院では10の実践的演習科目および心理実践実習が設定されている。各科目には到達目標とその科目に含まれるべき事項概要が示されているが,単位数や標準シラバスなどは示されていない。また,学部の心理実習と大学院の心理実践実習については,養成機および実習現場における指導者の要件と実習時間は示されているが,どのような実習を行い,どのように評価するかといった実習の詳細に関する要件は今のところ規定されていない。
このような状況において,各養成大学・大学院においては手探りで養成カリキュラムの準備が進められているわけであるが,当然のことながら混乱が生じており,公認心理師養成における標準的な指針を早期に構築するべきであるという声が高まっていった。日本心理学会では,心理学の基幹学会としての社会的責任と,心理学教育の発展,さらには公認心理師教育の質保証の観点から,上記の問題点に取り組むべく,学会の公益事業の一環として2018年3月に,公認心理師養成大学教員連絡協議会(以下,公大協)を発足させた。
公認心理師養成大学教員連絡協議会の発足
公大協は,科学者−実践家モデルに基づく公認心理師育成をめざし,養成の質向上に向けてカリキュラム等の検討を進めている。併せて,各養成大学・大学院が抱える問題を共有し,相互の連携を図ることを会の基本理念として,以下のような活動を行っている。
1.公認心理師養成大学における教育の質の向上のために,各養成大学が抱える諸問題を会員間で共有し(図1),会員相互の連携をもって問題の解決を図る。
2.公認心理師の質保証および質の向上のために,学部および大学院におけるカリキュラム構成,各科目の標準シラバス,現場実習マニュアル等について,現状の問題点と改善すべき方向性を検討し,公認心理師制度の改定ならびにその後の制度運用に向けた具体策について,政策提言を行う。
3.公認心理師法第二条にある「心理学に関する専門的知識及び技術をもって,次に掲げる行為を行うことを業とする者をいう。」というところの心理学に関する専門的知識及び技術に関する定義を明確にし,それが国家試験(各領域の出題割合や出題方法)に反映されるように政策提言を行う。
4.公認心理師制度の根幹をなす心理学の学術的発展と,公認心理師の質保証に資する高等教育機関としての大学の在り方を検討する。具体的には,公認心理師制度の枠を超えて,次世代の指導者養成(大学教員や実習指導者)としての博士後期課程の在り方について検討する。
5.公認心理師養成における地域格差や大学格差を是正するために,大学間連携(コンソーシアム,単位互換制度など)を推進するとともに,実習施設の共有化や資格取得者のキャリアディベロップメント支援のための全国規模でのネットワークを構築する。
これらの基本理念・活動目的を達成するために,以下の委員会を設置し,各課題の解決のための具体策の検討を行っている。また,日本心理学会の年次大会に合わせて総会を開催し,各種委員会の活動報告を行うとともに,会員からの意見聴取,会員相互の交流,今後の課題等についての議論の場としている。さらに,日本学術会議の心理学・教育学委員会健康・医療と心理学分科会および心理学教育プログラム検討分科会,ならびに関連諸学会に対して加盟団体としての参画を依頼し,公認心理師制度に関する諸課題の解決に向けた情報交換や学術的支援,ならびに人材交流などを推進するための連携会議を設置している。
・学部カリキュラム検討委員会
・大学院カリキュラム検討委員会
・現場実習検討委員会
・国家試験検討委員会
・編集委員会
・広報委員会
・企画委員会
そして,これら諸活動の年次報告として年報を発行し,公認心理師制度推進室や議員連盟をはじめ,関連諸学会や日本学術会議等への配布を行い,公大協の活動の広報および公認心理師制度の在り方についての提言を行っている(図2)。
なお,公大協の会員は,個人会員および組織会員を基本としており,組織会員については,公認心理師養成に関わる大学の包括ユニットに限定せず大学学科,専攻あるいは学問分野(グループ)等の単位でも会員登録することができるようになっている。
公認心理師養成における現状と課題
各大学において手探りで始まった公認心理師養成であるが,各大学は大きな混乱や課題を抱えている。公大協としては,各大学の現状を把握し,今後の課題を明確にすることを2018年度の重要なミッションとして活動を行った。
具体的には,公認心理師養成大学へのアンケートを実施するとともに,公大協における「学部カリキュラム検討委員会」,「大学院カリキュラム検討委員会」,および「現場実習検討委員会」において現状と課題の分析を行った。以下は,各委員会がまとめたレポートの概要である(詳しくは,公認心理師養成大学教員連絡協議会2018年度年報を参照)。
ⅰ.学部カリキュラムの問題点と今後の課題
①「社会・集団・家族心理学」「学習・言語心理学」に象徴的に現れているように,ナカグロ(・)科目が多いことによって学部における心理学基礎教育の希薄化が進む可能性が高い。また科目あたりの時間数が明記されていないなどさらなる希薄化の余地を残している。さらに,心理学実験や心理統計にかかわる科目が少ない。
②現状の公認心理師制度の運用では,カリキュラムの認定は各科目ごとではなく,カリキュラム全体を一括した認定となっており,複数の大学がそれぞれの特徴や強みを生かして,コンソーシアムを構成してカリキュラムを組むということができない。比較的潤沢な教員を擁している大学のみが学部教育,大学院教育のカリキュラムに対応可能となる状況は,ますます大学間格差が進行すると懸念される。
③公認心理師制度における学部カリキュラムでは卒業論文が必須となっていない。卒業論文の重要性は,2014年9月30日に日本学術会議心理学・教育学委員会心理学分野の参照基準検討分科会の報告においても強調されている。卒業論文を作成することなしには,学部で学んだ心理学の知識や方法論を総動員して問題解決に当たるという機会はなく,この機会をなくすことは学部教育の質の低下を招くと懸念される。
④「公認心理師」カリキュラムによって各大学のカリキュラムが画一化されてしまい,各大学の特色が失われる危険性がある。
⑤心理学研究者の養成は日本の科学水準の維持と向上にきわめて重要である。大学院教育が公認心理師の資格取得のための教育に傾倒していく状況において,研究者養成のキャリアパスの確保をどのようにするか議論していく必要がある。
ⅱ.大学院カリキュラムの問題点と今後の課題
①公認心理師制度において大学院における心理実践実習の進め方に関する具体的な規定がないために,「大学院の実習先が確保できるかどうか」,「実習の巡回指導を実習担当教員でカバーできるかどうか」,「大学院の実習を担当する大学院教員が確保できるかどうか」といった,大学院教育の中で効果的な実習を行うための体制づくりに関する懸案点が多く指摘された。また,各大学が個別に実習先を開拓する状況が進んだ場合,大学側も実習先側も事務的なコストが大きくなり,実習先での現場指導を大学側がどのように担保できるかという問題も重なり,実習の中での実践教育の質の保証が危惧される。
②大学院教育において,身につけるべき臨床技能の内容とその評価方法が不明であるという問題点が指摘された。また,それらを大学と実習先とでどのように連携しながら行っていくのかという課題である。
③大学院博士後期課程の位置づけに関する課題が指摘された。科学者−実践家モデルに基づく公認心理師の養成を考えると,今後の臨床研究の充実や発展は重要なポイントである。その中で,大学院博士後期課程をどのように位置づけるかについての議論が必要である。
④大学と地域の連携の重要性が指摘された。実習先に依頼する実習内容や実習の評価方法が大学間で異なると,実習受け入れ先機関の指導担当者にかかる労力が多大となり,現場実習指導者に大きな負担がかかることとなる。各大学と実習受け入れ先機関がともに実習内容を検討し,均てん化を図ることによって実習指導担当者の負担を軽減することが可能である。徳島県では,4大学の医療機関実習担当教員と約10施設の医療機関実習担当者が一堂に会して「医療機関実習担当者会議」を毎年開催し(平成30年度は複数回開催), 医療機関から大学への要望と大学から医療機関への要望の共有,各医療機関に共通した指導内容の検討,実習評価票の作成,についての協議を行っている。これらの成功事例を参考にしながら,大学における実習指導ガイドラインの策定が必要である。
ⅲ.現場実習の問題点と今後の課題
①実習先の確保については,「現場の負担」,「他大学との関係」,「分野ごとの調整」,「実習内容」の観点から課題が挙げられた。
②実習指導者の選定については,「現場実習指導者の職務・資格要件」,「現場実習指導者および実習内容の質の担保」などの課題が挙げられた。
③実習内容については,「主担当ケースの運用が困難な施設が多い」,「実習先の指導方針と,大学の指導方針のすり合わせが難しい」などの課題が挙げられた。
④巡回訪問については,「巡回訪問の頻度について教員の負担が大きい」,「巡回指導で何をやるべきかが不明確である」などの課題が挙げられた。
⑤実習時間のカウントについては,「学生間,大学間で実習時間の捉え方が異なっている可能性があり,カウントの仕方について統一した基準が必要である」,「事前・事後指導において何をどこまで行うべきかが明確ではない」などの課題が挙げられた。
⑥スーパーヴィジョン(SV)のあり方については,「何を目的として,どのような技能や知識を身につけさせることがあいまいである」,「学外実習のSVを学内教員が行うことへの倫理的問題」などの課題が挙げられた。
そして,これらの問題点を踏まえ,現場実習ガイドラインの策定が急務である。
公認心理師養成の今後
これまで述べてきたように,各大学・大学院における公認心理師養成は混乱の渦中にある。養成システムを成熟させ,公認心理師の質の向上を図り,さらには心理学の学術的発展を実現するには,心理学の基幹学会としての日本心理学会や心理学関連諸学会が,公認心理師の養成機関,さらには現場実習を行う主要5分野(保健医療・教育・福祉・産業労働・司法犯罪)の諸施設と連携を取りながら,標準カリキュラムと実習ガイドラインの策定を進める必要がある。そのハブ的な役割として公認心理師養成大学教員連絡協議会の役割は重要であると考えられる。公認心理師制度の枠組みづくりを行政に委ねるだけでなく,心理学教育を担う当事者としての問題意識と改善のためのたゆまぬ努力が重要であると考えられる。
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