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【小特集】
オスの養育行動発現に関する 神経・生理学
天野 大樹(あまの たいじゅ)
Profile─天野 大樹
2007年,九州大学大学院薬学研究院修了。博士(薬学)。国立精神神経センター外来研究員,ニュージャージー州立ラトガース大学博士研究員,理化学研究所特別研究員などを経て,2015年より現職。専門は神経薬理学。
はじめに
幼若な哺乳類動物が生き残るためには,親からの哺乳や食物の供与のみならず,保温,排便・排尿の補助といったサポートが必要である。さらに不適切養育を受けると,成長後に不安障害をはじめとする精神疾患の罹患率が上昇することが報告されている(Heim & Nemeroff, 2001)。幼若期に付加される母子分離ストレスは精神疾患モデルを作成するための手法の一つとして実験室レベルで用いられている(Minami, 2017)。不適切養育によって起こる問題を回避するためには,親側の養育する意欲を向上させることが解決策となるが,その脳内メカニズムは不明な点が多いのが現状である。また子供に対する不適切養育,つまり育児放棄や暴力的虐待がどのようにして起こるのかについても考慮に入れる必要がある。本稿ではオスの養育行動に関わる知見を紹介させていただく。
行動様式の変遷
性成熟以前の幼少動物は,新生児・幼若動物に対して親が示すような巣への連れ戻しや保温などの養育行動を示す。しかし周囲に新生児・幼若動物が存在しない環境下で性成熟期を迎えると,オスは性成熟後に出会った新生児・幼若動物に対して喰殺と呼ばれる攻撃行動を示す(Amano, 2017)。喰殺は自身の子供がより多くのリソースを獲得できるように,また子育て中のメスがより早く生殖可能な状態にすることで,自身の遺伝子を持つ子供の繁殖効率を上昇させるための行為と考えられている(Hrdy, 1974)。哺乳類に限るとマウスをはじめとするげっ歯類動物やライオン,チンパンジーなどで喰殺の発生が報告されている。興味深いことにオスによる喰殺の発生頻度はメスとの交尾をきっかけとして次第に減少していく。メスとの同居を継続して出産を迎えた後では,喰殺はほとんど見られなくなり,巣への連れ戻しや保温などの養育行動を示すオスも現れる(Tachikawa, 2013; vom Saal, 1982)。また子供に繰り返し提示することで,通常であれば子育て行動を示さない交尾未経験のオスであっても養育行動を示す。この効果は性成熟前の若い段階のほうがより強く現れる(Mayer et al, 1979)。オスは授乳することができないため,父親のみの養育によって必ずしも新生児の生存を保証することはできない。しかし,母親の不在を定期的に設けた場合には,父親からの養育によって子供の成育を正常範囲内に留めることができることから,補完的な役割を果たしていると言える(Dudley, 1974)。
子に対する社会行動を司る神経回路
養育行動に寄与する最も重要な脳部位は内側視索前野である。この領域の破壊によって養育行動は阻害される。マウスの場合にはそれまで養育行動を示していた母親・父親マウスであっても内側視索前野の破壊によって養育行動の消失にとどまらず喰殺が見られるようになる(Tsuneoka, 2015)。内側視索前野は中脳に存在する中心灰白質や腹側被蓋野(報酬や意欲に関わるドーパミン神経細胞を多く含む領域)に投射して養育行動を促進していると考えられており,近年では光遺伝学的手法を用いた実験結果も報告されている(Kohl, 2018; Fang, 2018; 図1参照)。一方で内側視索前野への入力元のうちいずれが養育行動を促進させる機能を持つのか,明らかになっていない。
またオスマウスの喰殺は副嗅球系や分界条床核の破壊などによって抑制される。興味深いことにフェロモンを受容することが知られる副嗅球系の鋤鼻器は父親マウスでは交尾未経験マウスに比べ子マウスに対する反応性が低下している。さらに鋤鼻器を破壊することでオスマウスの養育行動が促進される(Tachikawa, 2013; Wu, 2014)。副嗅球系を起点とする感覚情報は主に扁桃体内側核へと入力しており,扁桃体内側核から内側視索前野への投射も認められる。実はこれまでこの神経回路は性行動に重要な役割を果たしていると考えられてきた。性経験を経て何らかの変化が副嗅球系—扁桃体内側核—内側視索前野の間で起こり,交尾未経験マウスの喰殺行動から父親マウスの養育行動への行動変化を引き起こしている可能性がある(図2)。ただ,副嗅球系が行動に与える影響の大きさは動物種によって異なる。また一部の霊長類では副嗅球系が存在しない。子供から受ける感覚情報がどのように内側視索前野に伝わるか議論する上で動物種には特に注意を払う必要がある。
まとめ
養育行動はそれ自体が様々な行動様式を含むとともに,社会経験の各段階や外部環境,性ホルモンやオキシトシン,プロラクチン等のホルモンなど様々な影響を受けている。メスとの交尾や同居などの経験と,子供との触れ合い経験によって脳内を変化させ,オスは新たな社会環境に適応していると考えられる。それぞれの社会経験によって起こる神経変化のメカニズムやホルモンの作用を明らかにしていくことで,養育を促進し,虐待や不適切養育を防止する手段の開発の基礎となる生物学的基盤の構築が求められていると言えよう。
文献
- Amano, T. et al.(2017)Development-dependent behavioral change toward pups and synaptic transmission in the rhomboid nucleus of the bed nucleus of the stria terminalis. Behav Brain Res., 325 (Pt B), 131-137.
- Dudley, D.(1974)Contributions of paternal care to the growth and development of the young in Peromyscus californicus. Behavioral Biology, 11 , 155-166.
- Fang, Y. Y. et al.(2018)A hypothalamic midbrain pathway essential for driving maternal behaviors. Neuron, 98 , 192-207.
- Heim, C. & Nemeroff, C. B.(2001)The role of childhood trauma in the neurobiology of mood and anxiety disorders: Preclinical and clinical studies. Biol Psychiatry, 49 , 1023-39.
- Hrdy, S. B.(1974)Male-Male competition and infanticide among langurs(Presbytis-Entellus)of abu, rajasthan. Folia Primatol 22 , 19-58.
- Kohl, J. et al.(2018)Functional circuit architecture underlying parental behaviour. Nature, 556 , 326-331.
- Mayer, A. D. et al.(1979)Ontogeny of maternal behavior in the laboratory rat: Factors underlying changes in responsiveness from 30 to 90 days. Dev. Psychobiol, 12 , 425-439.
- Minami, S. et al.(2017)Suppression of reward-induced dopamine release in the nucleus accumbens in animal models of depression: Differential responses to drug treatment. Neurosci Lett, 22 , 72-76.
- Tachikawa, K. S. et al.(2013)Behavioral transition from attack to parenting in male mice: A crucial role of the vomeronasal system. J Neurosci, 33 , 5120-5126.
- Tsuneoka, Y. et al.(2015)Distinct preoptic-BST nuclei dissociate paternal and infanticidal behavior in mice. EMBO J., 34 , 2652-70.
- vom Saal, F. S. & Howard, L. S.(1982)The regulation of infanticide and parental behavior: Implications for reproductive success in male mice. Science, 215 , 1270-1272.
- Wu, Z. et al.(2014)Galanin neurons in the medial preoptic area govern parental behaviour. Nature, 509 , 325-330.
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