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こころの測り方

コルチゾールからストレスを知る

東海学園大学心理学部 助教

山川 香織(やまかわ かおり)

Profile─山川 香織
2016年,名古屋大学大学院環境学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。2018年より現職。専門は生理心理学,精神神経内分泌免疫学,ストレスと認知機能。

ストレスを測るにはどんな方法があるでしょうか。「どのくらいストレスを感じていますか?」という質問を思い浮かべた方もいらっしゃるでしょう。ストレス研究では,より詳細に検証するために,回答や行動だけでなく生理反応を測定します。今回は,近年のストレス測定で特に重要視されているコルチゾールという生化学的指標を紹介します。

コルチゾールとは

コルチゾールとは,副腎皮質から分泌されるステロイドホルモンの一つです。面接など心理社会的なストレッサーにさらされると,わたしたちの身体ではさまざまなシステムが活性化し,身体の状態が調整されます。そのシステムの一つが,視床下部−下垂体−副腎系(HPA系)です。ストレスが負荷されると,視床下部からコルチコトロピン放出ホルモンが分泌され,これが下垂体からの副腎皮質刺激ホルモンの分泌を促し,コルチゾールが血中に分泌されます。血中のコルチゾールと唾液中のコルチゾールは高い相関を示すことから,唾液中コルチゾールは非侵襲的かつ簡便に測定できる指標として広く用いられています。

コルチゾールは糖新生や免疫系の調整を担っています。これらの生理的作用により,外敵に遭遇するといった危機的状況において,戦うか逃げるかといった対処(闘争か逃走反応)が可能となります。さらに,糖質コルチコイド受容体などを介して,意思決定などの認知機能や情動に影響を与えることも報告されています(山川・他, 印刷中)。コルチゾールは環境の変化に合わせて,身体面だけでなく心理面や行動をも最適な状態になるよう調整するはたらきがあるのです。

ストレス研究とコルチゾール

図1 急性ストレスに対する唾液中コルチゾールの反応
図1 急性ストレスに対する唾液中コルチゾールの反応。Izawa et al. (2008)のデータをもとに図を作成。*はベースライン(-10分)からの有意な上昇を示す。

実験室下での急性ストレス反応を検討する際には,トリア社会的ストレステスト(TSST)という課題が用いられます。この課題は,スピーチの準備(10分間),評定者の前でのスピーチ(5分間)および暗算課題(5分間)で構成されています。コルチゾールは,コントロール不可能性と社会的評価による脅威に対して高い反応性を示すことが報告されており,この要素を含むTSSTは標準的なストレス課題として,最もよく用いられています。多くの場合,コルチゾール反応は課題後20分ほどで最大値を示し,徐々に低下していきます(図1)。TSSTはその有用性から,子供用や集団用などさまざま開発されています。

一方,日常的なストレスをフィールド研究などで検討する場合には,起床後30〜40分にかけて生じるコルチゾール反応(CAR)が広く用いられています(図2)。CARの増加は職業性ストレスや抑うつなど心理社会的変数と関連することから,信頼性の高い指標のひとつとして知られています。この他にも一日分泌量や朝と夜の分泌量の傾きといった指標がありますが,それぞれ測定ポイントが異なるため,研究目的や制約に合わせて適切な方法を選択しましょう。

図2 日常的なストレスに関わるコルチゾール指標
図2 日常的なストレスに関わるコルチゾール指標。井澤・他(2010)のデータをもとに図を作成。

コルチゾールを測定するには

コルチゾールは唾液試料から採取可能です。代表的な採取法は,スワブ(図3)を用いた方法と,流涎法です。スワブを用いた方法は,スワブを口に入れ舌下に留置して,スワブに唾液を含ませるだけなので,幼児や高齢者でも簡便に採取できます。流涎法は,自然に分泌された唾液を口の中に溜め,ストローを用いて容器に採取する方法です。この方法は採取時に唾液量を確認できるという利点もありますが,採取しにくく,事前の練習が必要となります。スワブの素材により測定値が歪むことも報告されていることから,近年では流涎法を用いた研究が増えつつあります。どちらの方法でも,採取後できる限り早く冷凍することが望ましいでしょう。

得られた唾液試料からコルチゾール量を測定するためには,酵素免疫測定法(ELISA)という生化学的な分析方法が用いられます。これは,コルチゾールに特異的に結合する抗体を利用して,唾液試料中のコルチゾール量を測定する方法です。予め抗体が固定された96穴のマイクロプレートに唾液試料や試薬を入れて,抗体と唾液試料中の抗原を結合させます。その後,発色作用のある試薬を注入すると,抗原量の程度によって発色の強さが変化するため,その値から抗原量を推定できます。

図3 唾液採取用スワブ(ザルスタット社製サリベット)
図3 唾液採取用スワブ(ザルスタット社製サリベット)

コルチゾール測定の留意点

コルチゾールは様々な要因の影響を受けることから,適切なデータ収集のために留意すべき点がいくつかあります。まず,実験前の制限事項として,唾液採取1時間前の飲食や激しい運動は避ける必要があります。また,アルコール摂取,薬物の服用,喫煙をチェックし,該当するようであれば研究対象から除外すべきでしょう。次に,実験時間の設定についてです。コルチゾールは日内変動があり,朝に高い値を示し夜にかけて低下していくため,朝の実験実施は避けましょう。さらに,ベースライン値や反応性には性差があることも報告されています。女性では性周期が大きく影響することから,できる限り性周期を統制することが望ましいでしょう。フィールド研究では協力者が採取を行うことから,採取方法の遵守度が結果に大きく影響します。協力者が手順を理解しやすいよう教示内容を工夫することも必要です。

新たな測定方法

最近では,毛髪や爪に含まれるコルチゾールを測定した研究が増えてきました。毛髪が形成される際,毛細血管からコルチゾールが拡散されます。毛髪は1ヵ月で1cm伸びるため,根元から1cmの毛髪に含まれるコルチゾールは1ヵ月間に蓄積されたものと考えることができます。爪の場合,形成される際付け根にある爪毋基を介してコルチゾールが輸送されます。爪が先端まで伸びるのには数ヵ月を要するため,数ヵ月前のコルチゾール値を表していると考えられます。唾液は短時間の状態を反映する点に対し,毛髪や爪は過去数ヵ月の状態を反映すること,採取および保存がより簡便であることから,慢性的なストレスマーカーとして期待されています。

コルチゾールと認知機能

コルチゾールの魅力はバイオマーカーとしての有用性だけではありません。コルチゾールは糖質コルチコイド受容体などを介し,意思決定などの認知機能に作用することが報告されています(山川・他,印刷中)。例えば,急性ストレスによって分泌されたコルチゾールが,リスク選好のような非合理的な意思決定傾向を強める可能性が示唆されています。このように,コルチゾールと認知機能の関連を検証することで,ストレス暴露という環境変化に応じて,心的活動がどのように最適な状態へと調整されているかを明らかにすることができるのです。しかし,この関連性については不明な点も多く今後の解明が望まれます。

コルチゾールを測りたい!という方へ

ストレス研究においてコルチゾールを採用する最大のメリットは,非侵襲的な方法で簡単にストレス反応を測定できることです。しかし,実験計画には様々な制約があり,生化学的分析のための設備も必要となることから,初学者には「簡単に」とはいかないかもしれません。そんなときにおすすめの方法が共同研究です。すでに生化学的指標を取り扱っている研究者を見つけることができれば,これらの問題をクリアできる可能性があります。そのためには,日本生理心理学会など関連学会への参加が近道でしょう。生化学的指標を扱う研究者が集う,精神神経内分泌免疫学研究会(http://jpnei.org/)も開催されていますのでぜひご参加ください。

めまぐるしく変わっていく環境に適応すべく,わたしたちの心身は常に変化し続けています。だからこそ,わたしたちはストレスに伴う現象を多角的な視点で見つめながら,それを知るためにさまざまな道具を手に入れていく必要があります。そして,それらの道具を鮮やかに使いこなし,環境・心・身体の調和を解き明かしていくことこそ,ストレス研究の醍醐味だと思うのです。

文献

  • Izawa, S. et al.(2008)Salivary dehydroepiandrosterone secretion in response to acute psychosocial stress and its correlations with biological and psychological changes.  Biological Psychology, 79 , 294-298.
  • 井澤修平・他(2010)唾液中コルチゾールによるストレス評価と唾液採取手順 労働安全衛生研究,  3 , 119-124.
  • 山川香織・他(印刷中)ストレス下における不合理な意思決定:認知機能の側面から 生理心理学と精神生理学, 36.

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