感情とはそもそも何なのか
現代科学で読み解く感情のしくみと障害
乾 敏郎
ここ4〜5年の間に革命的な出来事がありました。技術の進歩によって,うつ病の脳の炎症が観測できるようになったこともその一つかもしれません。ただそれ以上に重要な出来事は,感情をとらえる全く新しい枠組みが生まれたことです。
この枠組みは自由エネルギー原理と呼ばれる理論を基礎にしており,それは信念(期待)や推論など,主観をベースにした画期的な脳の大理論なのです。この理論は,Karl Fristonによって,2006年に発表されました。感情に応用された理論は,知覚の無意識的推論だけでなく,運動の能動的推論の重要性を説く2009年頃から発表された理論に基づいています。
この枠組みによって感情という主観的意識体験がうまくとらえられ,さらには感情障害をもとらえられる最新の試みを多くの学生や研究者に紹介しようと考え執筆したのが本書です。心理学や医学の最新の知見までできるだけわかりやすく紹介しましたので,心理学の分野だけでなく,医学や工学,哲学の分野の方にも楽しんで読んでいただけることを期待しています。
フェイクニュースを科学する
拡散するデマ,陰謀論,プロパガンダのしくみ
笹原 和俊
2016年以降,嘘やデマ,陰謀論やプロパガンダ,こうした虚偽情報がソーシャルメディアを介して大規模に拡散し,現実世界に混乱や悲劇をもたらす事象が次々と発生しています。「フェイクニュース」と呼ばれているこれらの一連の現象は,私たちの日常生活や民主主義を脅かす深刻な社会問題です。
本書ではこの現象を,情報の生産者と消費者がさまざまな利害関係の中でデジタルテクノロジーによって複雑につながりあったネットワーク,つまり「情報生態系」の問題として捉え,そのしくみについて紐解きます。その目的を達成するために,計算社会科学の最新の知見を取り入れながら,虚偽情報の拡散に関わる人間の認知特性(認知バイアス,社会的影響),情報環境(エコーチェンバー,フィルターバブル),情報量の問題(情報過多,アテンションエコノミー),それらの関係性について平易な言葉で解説しました。本書がフェイクニュース現象の見通しをよくし,客観的な事実よりも個人的な信条や感情が重視される「ポスト真実」の時代を乗り越えるためのヒントとなれば幸いです。
犯罪の一般理論
低自己統制シンドローム
大渕 憲一
フィクションの世界では,綿密な計画に基づき,統制された行動によって犯行を遂行する窃盗団などが描かれます。世の中にこうした緻密な犯罪もないわけではないのですが,それは極めて稀で,実際の犯罪の大半は,目の前の誘惑に惹かれ,予見性や計画性を欠き,努力や訓練を必要としない衝動的なものです。この分野の研究者や実務家が薄々思っていたことをズバリと言い切ったのがゴットフレッドソンとハーシーの低自己統制理論で,その意味でこの理論はコロンブスの卵に似ています。基本概念をベンサムの古典的功利主義にまで辿り,一方,現在(1990年代後半)のアメリカの犯罪実態と犯罪諸理論を批判的に検討しながら彼らが自説を展開したのが本書です。邦訳の副題に「低自己統制シンドローム」と付けたのは,低自己統制という特性が,事故・病気,学業・職業上の挫折など広範囲の社会病理・個人病理の原因であるという著者たちの主張を汲んでのことです。この点から,本書で行われる議論には,犯罪以外の分野の心理学者にとっても興味深いものが多数含まれていると思っています。
学校における自殺予防教育プログラムGRIP
5時間の授業で支えあえるクラスをめざす
川野 健治
この本では,中学生向けに開発した,5時限で構成された自殺予防教育プログラムGRIPを解説しています。心の健康教育の授業でこの本を学生に貸して,「分担して,大学生向けにアレンジして実施すること」と指示したら,後日受講生から「1,2,4,5,3」の順に実施したいと相談がありました。いや,GRIPのGはGradual ApproachのG,この順番通りに着実に進むのが大事なんだって,ということばを飲み込み「いいよ」と言いました。「(まあ)いいよ(意外に面白いかな)」。確かに本は,作ってしまうといろんな読み方ができます。特に,この本の特徴の一つは文字通りの「軽さ」,つまり分量が多くなくて,すぐ読めることです。とはいえ中身は濃いつもりで,中学校の先生にお聞きすると,本を読んで実際のツールを見ることでよりよく理解できるのだそうです。ツールをダウンロードするURLは本の中に示しています。自殺予防教育は喫緊の課題なので,学校の先生や研究者の皆さんに読みやすいと感じてもらえると嬉しいのですが,うちの学生には「ちゃんと通しで読んだ?」と確認しないと。
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