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【小特集】

行動遺伝学からみた自尊心の安定と変化

敷島 千鶴
帝京大学文学部心理学科 教授

敷島 千鶴(しきしま ちづる)

Profile─敷島 千鶴
1983年,慶應義塾大学文学部卒業。2002年,慶應義塾大学大学院社会学研究科教育学専攻入学。2008年,同後期博士課程単位取得退学。博士(教育学)。慶應義塾大学先導研究センター特任講師を経て,2013年から現職。専門は社会心理学,行動遺伝学。

われわれはなぜ,自尊心を維持することができるのだろう。そしてなぜ,そのレベルを変化させることができるのだろうか。このことに説明を与えてくれるのが,行動遺伝学である。本稿では,この行動遺伝学の方法を用いて,自尊心のしくみを遺伝と環境という立場から探った実証研究(Shikishima et al., 2018)を紹介したい。

行動遺伝学とは

行動遺伝学とは,簡単に言えば,人と人との違いを遺伝による影響と環境による影響とに分割するやり方である。より厳密に言えば,ある家系内の関係にあるふたりの類似性を,ふたりの遺伝子の共有度,環境の共有度の関数として表現することにより,その形質の背後にある遺伝と環境の影響を量的に説明する統計学的方法論ということになる(安藤,2014)。異なる血縁関係間の類似性を比較する方法や,養子となった子と養子先の家族や生物学的家族との類似性を検討する方法もあるが,最もポピュラーな手法は,何といっても,同家庭で育てられた一卵性双生児と二卵性双生児の類似性を比較する双生児法である。

一卵性双生児は遺伝的には同一であり,遺伝子を100パーセント共有している。しかし,二卵性双生児は変異(個人差)のある遺伝子を平均的に50パーセントしか共有していない。一方で,共有環境の影響は2種類の双生児にとって同等である。このことより,ある形質を量的に測定したときに,同家庭で育った一卵性双生児同士の相関係数が二卵性を上回れば,その形質には遺伝の影響があると考えられるし,一卵性と二卵性の相関係数に差がなければ,その類似性は双生児が一緒に育った共有環境に起因できる。そして,同一の遺伝子と同一の家庭環境を共有する一卵性双生児同士であっても類似させない要因は,その個人独自の環境である非共有環境と考えられる。

今日の行動遺伝学では,こうした遺伝と環境の寄与の推定に際し,構造方程式モデリングを用いる。推計方法については他書(安藤, 2018など)に譲るが,国内外の行動遺伝学研究の蓄積は,身体的形質であっても,心理的形質であっても,個人差のあるほぼあらゆる形質には,その個人の遺伝の影響が少なからず寄与していることを明らかにしている。

自尊心の双生児研究

慶應義塾双生児研究(Keio Twin Study; KTS)には,1998年のプロジェクト開始以来,約2200組のふたごの方々にご登録をいただいている。そのほとんどが,首都圏の地方自治体が保有する住民基本台帳から,同住所に居住する同生年月日の2名という条件で抽出され,研究協力への依頼に応じてくれた方たちである。郵送調査や来校形式の集団調査と個別調査に繰り返しご協力いただき構築されたKTSの双生児データベースは,アジア随一の規模を誇っている。

ふたごの方たちには,1999〜2005年(Time 1:15〜33歳の1317名)と2012年(Time 2:20〜47歳の1186名),ローゼンバーグの自尊心尺度(Rosenberg Self-Esteem Scale:RSES)に回答していただいた。2時点の間隔は,6年から14年,平均すると10年であった。Time 1では,Big Fiveパーソナリティ尺度(NEO-PI-R)への回答も求めた。全データセットを揃えた双生児組数は151であった。

図1 自尊心の双生児相関
図1 自尊心の双生児相関

図1に示すように,自尊心得点の一卵性双生児の相関は二卵性の2倍高く,自尊心には,顕著な遺伝の影響があることがわかる。推定された遺伝率は,Time 1が43パーセント,Time 2が51パーセント,残りはどちらも非共有環境の影響であり,ふたりが共有する家庭環境の影響はみられなかった。

アメリカ,フィンランド,ドイツの双生児研究でも,青年期以降の自尊心の30〜60パーセントは遺伝要因,残りは非共有環境要因で説明できることを示しており,一貫した結果であった。

平均10年の間隔を経た2時点における,自尊心得点の個人内相関は,0.59と高かった。Trzesniewskiら(2003)は,縦断データのメタアナリシスより,年齢と間隔をコントロールした2時点の相関係数の平均は,すべての自尊心尺度を含めても,RSESのみにおいても,0.5であるとし,自尊心は生涯を通じて安定しているが,経験や介入によって変化する可能性も挙げている。

パーソナリティとの関連

表1 自尊心とBig Fiveの相関(r)
表1 自尊心とBig Fiveの相関(r)

自尊心はその個人のパーソナリティと関連することが知られているが,表1に示すように,Big Five 5次元得点と,2時点の自尊心得点との間には,神経症傾向と負の,外向性・勤勉性とは正の相関が見られた。こうした傾向は,ほぼ同時に測定された自尊心Time 1との関係の方が顕著ではあったが,10年経った後の自尊心Time 2との相関も大きくは変わらなかった。パーソナリティ特性が個人の中で長期間安定しているとすれば,自尊心はそれと相関するので安定するとも考えられる。

ここで行ったのが,行動遺伝学の多変量遺伝分析の手法であるコレスキー分析である。コレスキー分析では,形質と同数の遺伝要因,共有環境要因,非共有環境要因を仮定するが,1番目の要因はすべての形質に共通する成分,2番目の要因はそこから形質をひとつ除去しても寄与する成分,3番目の要因はそこからさらに形質をもうひとつ除去しても……というふうに,順にひとつずつ形質を統制しながら,それぞれの寄与を分解して推定する。図2にBig Five 5次元,自尊心Time 1と,自尊心Time 2の7変数の,遺伝要因と非共有環境要因の構造を示した。この方法を用いれば,2時点の自尊心とその個人のパーソナリティとの関連を,遺伝要因と環境要因の共通性,独自性に分離して明らかにすることができる。

図2 Big Fiveと自尊心のコレスキー分解
図2 Big Fiveと自尊心のコレスキー分解
N:神経症傾向, E:外向性, O:開放性, A:協調性, C:勤勉性, SE1:自尊心Time 1, SE2:自尊心Time 2,Aは遺伝要因, Eは非環境要因を示す。

分析の結果,Time 1とTime 2の自尊心には,同じ遺伝要因が寄与していた。そしてその7割強が,パーソナリティと共通の遺伝要因であった。つまり,10年を経て,同じ遺伝子が継続して自尊心の高低に影響しているから,自尊心は長期間安定していたのだが,その遺伝子の影響の大方は,パーソナリティ由来のものであった。

その一方で,自尊心Time 2独自に寄与する遺伝要因(図2のA7からSE2へのパス)も有意であった。10年後,新たな遺伝要因が出現して,自尊心に変化をもたらしていたのである。つまり,遺伝要因は安定だけでなく変化にも貢献していた。10年間に何が起きていたのか,調べてみる必要があるが,環境の変化に応じて別の遺伝要因のスイッチが入った可能性も考えられる。

とはいえ,自尊心に相対的に一番大きな影響を与えていたのは,非共有環境要因(図2のE7からSE2へのパスであり,自尊心Time 2全分散の36パーセント)であり,日々のランダムな出来事など,他とは相関しない,「今ここで」寄与する個人独自の経験であったことは見逃せない。

自尊心が遺伝的に安定した特性であると同時に,その時の状態も反映していること,そしてパーソナリティとは大きく相関するが,決してパーソナリティだけでは説明できないということは,自尊心そのものの構成概念妥当性を,行動遺伝学の方法から支持している。

今後もふたごの方たちへの追跡調査は続く予定である。行動遺伝学の立場から,様々な心理的形質のしくみについて新たな知見を提供していってくれるだろう。

文献

  • 安藤寿康(2014)『遺伝と環境の心理学:人間行動遺伝学入門』培風館
  • Shikishima, C. et al.(2018)Genetic and environmental etiology of stability and changes in self-esteem linked to personality:  A Japanese twin study. Personality and Individual Differences, 121 , 140-146.
  • Trzesniewski, K. H. et al.(2003)Stability of self-esteem across the life span.  Journal of Personality and Social Psychology, 84 , 205-220.

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