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【小特集】

適応的機能から見る自尊心

首都大学東京 人文科学研究科 教授

沼崎 誠(ぬまざき まこと)

Profile─沼崎 誠
東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。帝京大学文学部助手,講師を経て現職。専門は社会心理学。著書は『補訂新版 社会心理学研究入門』(共編著,東京大学出版会)など。

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自分自身に対して肯定的な感情を持つことはそれだけで良いことであると,かつては考えられていました。自尊心が低いことが問題行動を生み出すといわれ,自尊心を高めるような教育が推奨されていました。しかし,このような考えは最近では見直されるようになっています。その理由の一つとして,自尊心が日々の生活の行動を決めるのではなく,日々の生活が自尊心を決めるという観点が有力になってきたからです。この観点を強く押し出したのがソシオメータ理論です(Leary & Baumeister, 2000)。本稿では,自尊心の機能に研究関心を向けさせたこの理論と,進化的な意味での適応的機能と自尊心を巡る議論を紹介しましょう。

ソシオメータ理論

自尊心はどのような機能を果たしているのでしょうか。ソシオメータ理論によれば,他者からどのくらい好かれ受容されているのかの情報を伝える計測器(メータ)の機能を果たしています。スマホの充電切れを気にする方は多いと思います。バッテリメータを見て充電の必要性を知ったり,すぐに切れそうならばバッテリの消費を抑えるように努力したりしていると思います。自尊心は,他者から受容されている程度を意味する「対人的価値」の情報を示すメータの機能を果たしていると考えるのです(注意して欲しいのはバッテリではないという点です)。

他の種に比べて,ヒトは必ずしも高い身体能力を持っているわけではありません。ヒトおよびヒトの祖先が生き残ることができたのは,集団を形成し成員間で協力をしてきたからです。このような協力的な集団生活において,他の集団成員から拒否されずに受容されることが個体にとって重要な適応問題であったと考えられます。この状態をモニタでき,状態に応じた行動を取ることのできた個体はより多くの子孫を持ち遺伝子を残してきたはずです。

このような主張は実証データによって支持されています。他者に受容・拒否される出来事と自尊心に影響を与える出来事は強く関連しています。また,他者の評価によって仲間外れにされると自尊心が低下しますが,たまたまクジで集団に入れないだけでは自尊心は変化しません。さらに,経時的データから,他者からの受容・拒否が自尊心に影響を与え,自尊心が他者からの受容・拒否には影響を与えないことが示されています。また,自分が所属する内集団からの受容・拒否のみが自尊心に影響を与え,外集団からの受容・拒否は影響を与えないことが示されています。

メータは一つか?

このようにソシオメータ理論は実証研究からの支持を得ていますが,進化心理学者からは当初の理論化には疑問点が指摘されました(e.g., Kirkpatrick & Ellis, 2001)。疑問点の一つは,ソシオメータは一つかどうかという点です。進化した心理メカニズムには領域特殊性があることが指摘されています(沼崎, 2014)。進化は漸進的にしか働かないため,先祖が直面した特定の問題だけを解決するような特殊性を持って心理メカニズムは進化したと考えられています。ソシオメータ理論が想定していた人間関係は,協力関係を築くような関係です。しかし,ヒトの先祖が直面した適応問題に関わる人間関係はこのような関係だけではなかったはずです。支配−被支配といった地位や階級構造のある関係も資源の獲得という適応問題で重要であったし,配偶・恋愛関係といった関係も配偶者獲得という適応問題にとって重要であったでしょう。階級構造の中で地位を上げることや配偶者を獲得することは,協力関係を築くこととは異なった適応問題です。そのため,それぞれの人間関係に応じた,複数のソシオメータズがあるのではないかと考えられるのです。

進化的アプローチを取る立場からは,当初想定されていた他者から好かれ受容されるかのメータとは異なるソシオメータズの存在が指摘され,研究されるようになってきています。他者から尊敬され賞賛されるのかのメータである地位メータ(Mahadevan, Gregg, & Sedikides, 2019),異性から配偶の対象として見られるかのメータである配偶価値メータ(Kavanagh, Robins, & Ellis, 2010),が研究対象となっています。地位の上昇や下降に伴い自尊心が変化して,それに応じて攻撃行動が変わってくること,潜在的配偶対象者からの受容や拒否に伴い自尊心が変化して,それに応じて恋愛行動が変わってくることが示され,協力関係のソシオメータとは異なった機能を果たしていることがわかってきました。さきほど,ソシオメータをスマホのバッテリメータに例えましたが,進化的アプローチを取る立場からは,飛行機のコックピットのように多くのメータズが存在し,それぞれに対応して適切な操縦操作をしなくてはいけないと考えられるようになってきています。

ソシオメータズは正確か?

計測器は正確であることが望まれます。自尊心が計測器であるとするならバイアスがかからないほうが良いように思えます。しかし,自己評価に関わる多くの研究や理論では,現実よりも自分を高く評価する自己高揚傾向が指摘されています。どうしてこのようなことが起こるのでしょうか。進化的アプローチでは,バイアスがかかることが適応的であることも指摘されています。自分に向けられた女性の性的関心を男性が推測するときには,性的関心を高く見積もる方向にバイアスがかかるように進化した可能性が指摘されています(Haselton, & Buss, 2000)。性的関心を持たない女性に対して関心を持っていると推測する誤りと,性的関心を持っている女性に対して関心を持っていないと推測する誤りでは,後者のほうが潜在的配偶者を逃すリスクが高く,適応度を下げてしまうためです。このことから,男性の配偶価値メータは実際よりも高い方向に振れるように進化してきた可能性があります。

協力関係における対人的価値と,配偶・恋愛における対人的価値や階級関係における対人的価値とでは,周りの人たちが持つ価値と自分の持つ価値の関係が異なっています。配偶関係や階級関係での対人的価値は,他者が高くなると自分の価値が下がるといったゼロサム的関係にあります。しかし,好かれるといった対人的価値は,必ずしもゼロサム的関係にはありません。後者では正確であることが適応的であったのに対して,前者では自己高揚的であることが適応的であったのかもしれません。実際,地位メータは自己愛傾向との関係が強いことが実証研究で示されています(Mahadevan, et al., 2019)。

進化的な意味での適応的機能を考えることにより,これまで知られていた心理メカニズムを新たな観点で捉えなおすことができるようになります。自尊心に関しても,このアプローチを取ることによって新たな発見がなされていくことになるでしょう。

文献

  • Haselton, M. G., & Buss, D. M.(2000)Error management theory: A new perspective on biases in cross-sex mind reading.  Journal of Personality and Social Psychology, 78 , 81-91.
  • Kavanagh, P. S., Robins, S. C., & Ellis, B. J.(2010)The mating sociometer: A regulatory mechanism for mating aspirations.  Journal of Personality and Social Psychology, 99 , 120-132.
  • Kirkpatrick, L. A., & Ellis, B. J.(2001)An evolutionary psychological approach to self-esteem: Multiple domains and multiple functions. In M. Clark & G. Fletcher(eds.) The Blackwell handbook in social psychology: Interpersonal processes . pp.411-436. Blackwell Publishers.
  • Leary, M. R., & Baumeister(2000)The nature and function of self-esteem: Sociometer theory.  Advances in Experimental Social Psychology, 33 , 1-62.
  • Mahadevan, N., Gregg, A. P., & Sedikides, C.(2019)Is self-regard a sociometer or a hierometer? Self-esteem tracks status and inclusion, narcissism tracks status.  Journal of Personality and Social Psychology, 116 , 444-466.
  • 沼崎誠(2014)「進化的アプローチ」唐沢かおり(編)『新社会心理学』pp.149-168. 北大路書房

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