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私の出前授業

高校生のための心理学講座 @神戸学院大学

毛 新華
神戸学院大学心理学部 准教授

毛 新華(もう しんか)

Profile─毛 新華
1997年,中国大連から留学生として来日。2003年,大阪市立大学大学院生活科学研究科前期博士課程修了。2008年,大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了。博士(人間科学)。大阪大学大学院人間科学研究科助教を経て,2012年,神戸学院大学人文学部人間心理学科に講師として着任。2019年より現職。専門は社会心理学,文化心理学。著書は『社会的スキルを測る:KiSS-18ハンドブック』(分担執筆,川島書店),『幸福を目指す対人社会心理学:対人コミュニケーションと対人関係の科学』(分担執筆,ナカニシヤ出版)など。

2018年8月10日,神戸学院大学ポートアイランドキャンパスにおいて「高校生のための心理学講座@神戸学院大学」が開催されました。この日,神戸学院大学のオープンキャンパスも行われており,その相乗効果もあって,総勢60人弱が会場を訪れ,盛況なうちに講座を終えることができました。当日,私は企画者という立場で組織運営をしながらも,先生方の発表内容を興味深く聞きました。以下,当日の発表内容についてリポートさせていただきます。

医療心理学(神戸学院大学・小久保香江 教授)

最初に,「こころ」とは,感情の「情」と,認知の「知」,そして,意思決定の「意」を表す言葉と説明されました。「こころ」という言葉は感情だけを表すのではないということです。そして,「こころ」を生み出すのは脳であること,脳が傷つくと,感情,認知,意思決定に変化が生じることをお話しされました。脳の損傷の場所により,様々な症状が出現するそうですが,この講義では「左半側空間無視」という症状を紹介されました。左半側空間無視とは,右の大脳半球の損傷により,左空間に注意が向かなくなる症状のことです。患者さんは,左側にある物に気づかずにぶつかったり,食事の時に左側にあるお皿に気づかず,食べ残してしまったりするそうです。このように,左半側空間無視は日常生活に支障をきたすため,リハビリテーションが必要であると伝ええられました。脳の損傷により生じる不思議な症状を初めて聞いた高校生たちは,まさに「目からウロコ」でした。

社会心理学(名古屋大学・石井敬子 准教授)

社会心理学とは,社会的存在と言われている人間の心の性質を研究する学問です。この講義の趣旨は,人間の感じ方や考え方,さらにそのふるまいは,自分を取り巻く周囲の人々の存在や,自分が置かれた状況や役割によって大きな影響を受けるというものでした。講義では,人間の権威への服従傾向や他者に合わせて自分を調整する傾向を表す実験例が紹介されました。また,当該の文化で優勢な価値が伝達されるプロセスについて,石井先生ご自身の日加比較研究のデータに基づいて解説されました。さらに,人々の相互作用の結果,時々意図せざる結果が現れる例として,「差別」が発生するメカニズムも解説されました。講義を通して,高校生たちにとっての実生活や経験に基づく問いを客観的かつ科学的に理解することができたのではないかと思われます。

認知心理学(大阪産業大学・山本晃輔 准教授)

認知心理学とは,知的機能の解明に関わる心理学の一分野であることを説明したうえで,ここでは特に記憶に焦点をあて,記憶の種類や効果的な覚え方,人間における記憶の必要性などについて講義が行われました。高校生たちは実際に記憶の実験やデモに参加しながら,記憶には短期記憶,長期記憶などの種類があること,効果的な覚え方を活用することが記憶の定着には重要であること,記憶能力は年齢によって変化すること,香りが古い記憶を呼び覚ますことなどを学びました。また,過去の自己に関する出来事の記憶である自伝的記憶について説明が行われ,人生における印象的な過去の記憶を思い出すことは,我々人間にとってどのような効果があるのかについて,実験データに基づいた解説がなされました。日々「暗記」も含めて勉強に奮闘している高校生たちにとって,記憶のコツを得られるセッションでした。

臨床心理学(神戸学院大学・三和千德 教授)

人の心の悩みや不適応,病理の原因を探り,その問題を解決することを目指す臨床心理学に対して,「精神医学」が大きく貢献していることが説明されました。この講義では精神医学のうちでも,とりわけ「睡眠障害」について取り上げました。講義には,睡眠の基本的な役割・仕組み・種類(レム睡眠やノンレム睡眠),そして不眠症や寝ている時に起こる様々な異常行動について解説しました。さらに,なぜ人は眠り夢を見るのか,より良く眠るためにはどうすればよいのか,人間の睡眠と精神的な問題とどのような関連づけがあるのか,「睡眠障害」の解決にはどのような治療が考えられるのかなど,症例を挙げながら詳しく紹介されました。これらの話により,高校生たちの「人生全ての時間の3分の1を占める」睡眠に対する興味と関心を,一層引き起こすことになったかと思われます。

感情心理学(同志社大学・鈴木直人 名誉教授)

人間が人間であるゆえんは感情反応の存在にあり,感情は誰でも知っている現象です。しかしそれが故に科学的に研究することが難しい分野でもあります。講義では,プラトンの時代の感情のとらえ方から近現代における感情のとらえ方への変遷,そしてポジティブ感情とネガティブ感情が持つ機能的役割の違いについて実験例を示しながら解説されました。最後に,近未来のAIの時代における感情研究の重要性について,最近のホットな話題であるAI(人工知能)やロボット工学における「ロボットに感情を持たせる試み」が紹介されました。その中で,人の"感情"の真の解明がなされていない現在,AIに"感情もどき"を持たせる試みへの懸念が表明され,高校生をはじめとする若い研究者たちの感情研究が今こそ必要であることが訴えられました。

今回の講座の午前の部と午後の部の昼休みを利用して,今回の講座の企画者兼司会者でもある神戸学院大学心理学部長秋山学先生により,「公認心理師」の説明会も開催し,新しい心理学に関する国家資格について詳しく説明しました。将来の心理専門職を志す高校生にとって,一つ重要なガイダンスとなりました。

企画者である私にとって,今回,どの講義も内容が興味深く,わかりやすかったです。来場者アンケート調査の結果をピックアップして,下記のように抜粋させていただきます。来場者7割以上を占める高校生からは,「大学進学の専攻選択を考えるのに良い材料になった」とか,「いろいろな種類の心理学を一度に聞くことができて良い経験になった」と言ってくれました。また,社会人の来場者から,「『高校生のため』というタイトルですが,自分自身の現在の仕事にも十分に活かせる内容だ」と評価してくださいました。さらに,「今後ともこのようなイベントを継続してください」と励ましてくれました。主催側としては,たいへん忙しい一日でしたが,このようなコメントを読むと,大いにやりがいを感じることができて,これ以上の喜びはありません。

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