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この人をたずねて

島津明人 氏
慶應義塾大学総合政策学部 教授

島津明人 氏(しまず あきひと)

Profile─島津明人 氏
2000年,早稲田大学大学院文学研究科心理学専攻博士後期課程修了。博士(文学)。公認心理師,臨床心理士。広島大学で講師,助教授,東京大学で准教授,北里大学で教授を歴任し,2019年より現職。専門は精神保健学,産業保健心理学。著書は『産業保健心理学』(編著,ナカニシヤ出版)など。

島津先生へのインタビュー

インタビュアー:鶴見 周摩(つるみ しゅうま)

─先生のご研究について教えてください。

働く人のメンタルヘルスとストレスについて研究を行っています。最近は,共働きのご家族を対象にワーク・ライフ・バランスとメンタルヘルスの関係性について縦断的な調査も行っています。また,企業という大きな組織にも焦点を当て,組織全体として労働生産性の向上に結びつく手法の開発にも取り組んでいます。

─働く人に焦点を当てたきっかけを教えてください。

学部時代に受けたメンタルヘルスとストレスの講義がおもしろく興味を持ったというのと,実際に社会人として働いてみてストレスの影響について詳しく研究をしてみたいと感じたのがきっかけです。私自身朝10時から翌朝の6時まで働き,2時間睡眠してはまた出勤するという社会人生活を送っていました(笑)。そのような経験があったからこそより一層働く人に焦点を当てた研究がしたいと思いました。

─ストレスを考える上で,働く人個人ではなく企業を対象とする意義は何でしょうか?

これまでのストレス研究では,主に働く人個人のストレスをどう軽減するかといった個人単位での研究が多かったです。しかし,実際問題ストレスをなくすためには職場環境そのものを変える必要があり,一筋縄で解決する問題ではないことに気づきました。そんなとき,オランダに在外研究で行く機会があり,そこでワーク・エンゲイジメントという言葉に出会いました。ワーク・エンゲイジメントとは仕事に対してポジティブに取り組むことであり,健康と生産性の両方を上げるキーワードです。これが働く人のメンタルヘルスと生産性の向上につながると思い,当時まだ日本ではなじみがありませんでしたが,これを企業に導入していこうと思いました。実際に調べていくと,日本人のワーク・エンゲイジメントは国際的に比較すると低く,その背景には相互協調的に行動する日本人の特性があることがわかりました。

もちろん個人を対象とした研究を行うことも大切です。ただ,組織をみることによって浮き彫りになってくることもあります。組織をみることは,その企業の制度をみることにつながり,延いては世の中の仕組みに目を向けることにもつながります。そのときの国の政策が企業の在り方に影響することもあるぶん,組織全体にアプローチをかけることも重要です。

─企業という大きな組織を対象にする上で苦労されたことはありますか?

最初は経営者の理解を得ること自体が大変でした。それは,社員のメンタルヘルスが悪化するとどんなデメリットがあるかというメッセージしかこれまで発信されていなかったからです。ワーク・エンゲイジメントが企業全体の生産性の向上につながることを説明すると,経営者も聞く耳をもってくれました。

─働く人,特に共働きのご家族を調査するのは難しそうですが,どのように可能にしたのでしょうか?

現在取り組むプロジェクトがあります。TWIN study(Tokyo Work-life Interface)というもので,その始まりは,東京某区の園長会での講演です。そこで共働きのご家族にアクセスする機会を得ました。それからは区立と私立の保育園に行き,共働きのご家族を対象に夫婦それぞれのワーク・ライフ・バランスとメンタルヘルスとの関連を検討しました。

このプロジェクトはⅠ,Ⅱ,Ⅲに分かれています。Ⅰでは夫婦間のワーク・ライフ・バランスとメンタルヘルスを調査し,Ⅱでは夫婦のワーク・ライフ・バランスと子どもを含めた家族全体のメンタルヘルスとの関連を調べました。現在はⅢに移行しており,これまでに得た成果をもとに介入研究を行っています。本人,配偶者,親子の3方向に向けた健康支援プログラムを新たに作成して,全国7拠点で同時並行しています。調査に参加していただくご家族はもちろん,そこに行きつくまでに多くの方の協力があり,人とのつながりの大切さを改めて感じました。

─最近では将来を不安視する若者が多いと思います。

私が学生のときも将来に不安を抱いていました。就職活動を行いながら,業績も出す必要があり,常にプレッシャーを感じていました。ただ,モチベーションを持って研究に向かい,目の前の仕事に丁寧に向き合い,それを積み上げていけば,少しずつ道は開けていくと思います。きちんと仕事をしていれば,誰かが見てくれています。まさに,ワーク・エンゲイジメント,日本語で主体的朗働と書いているのですが,自主的に楽しんで打ち込めているのであれば健康も生産性も向上します。ただ,研究や仕事をするにしても,仕事をしていないことへの不安や失敗へのおそれを低減するために取り組んでいてはだめです。いわゆるワーカホリック,仕事中毒と言われていますが,私はワーク・エンゲイジメントの対として牢働と呼んでいます。

現在,サテライトオフィスやシェアオフィスの設置,在宅勤務やワーケーションの導入など「新しい働き方」に関する検討が進められています。これらの新しい働き方は,IoTを活用し,時間や場所に制限されない柔軟な働き方を提供する点に特徴がありますが,「いつでも,どこでも仕事ができる」環境は,逆に「いつでもどこでも仕事をしなければいけない」状況も生み出しています。このような状況は,働く人々を本人の意思に反して仕事に長時間拘束する「牢働」環境を作り出し,健康や生産性に悪影響を与える可能性があります。だからこそ,「牢働」環境を改善し,働く人々が,仕事に対して主体的・効率的に関わることができ,かつ活き活きと働ける「朗働」環境を構築することが大切と思っています。

─最後に,若手研究者にメッセージをお願いいたします。

今やっている研究をまず楽しむことです。つまり,主体的な「朗働」になるよう心がけてみてください。例えば自身の研究成果を社会に発信してみるのはいかがでしょうか。思わぬところから多くの人に自身の研究について意見をもらえます。それが自身のモチベーションにもつながります。

また,研究者としての心構えとして,「鳥の視点」と「虫の視点」を持つことです。鳥の視点は物事を俯瞰的にみることで,自身の研究領域での今のホットトピックが何であり,自分の研究が領域内でどういう位置づけにあるかを常に把握することです。また,広く見るだけでなく,虫の視点を持って,一つひとつの研究の,意義や手法を詳細に検討することも欠かしてはいけません。そうすれば,自身の研究の軸を確立することにつながると思います。

インタビュアーの紹介

インタビュアー:鶴見 周摩(つるみ しゅうま)

インタビューを終えて

島津先生との交流は今回が初めてで,研究分野が違うということもあり緊張していたのですが,いざお会いしてみるとその不安や緊張はなくなりました。笑いを交えてお話ししてくださり,終始こちらのペースに合わせて丁寧にご説明いただきました。どれも新鮮なお話でとても楽しかったです。

特に,研究で得た成果を世の中の一般の人にもわかるように発信していくことも大切,というお話が印象に残っています。先生は論文だけでなく,一般書も多数執筆されており,最終的に社会全体に役立てることを常に視野に入れています。私自身論文を書くことにとどまらず,幅広く認知されるようSNSなども利用して情報を発信し続けようと思いました。

現在の研究テーマ

視覚的注意の発達過程について,乳児を対象に研究を行っています。成人の研究から多くの知覚,認知機能がわかってきていますが,それらの獲得過程や,獲得以前の視覚システムはあまり調べられていないのが現状です。例えば,私たち大人は連続的に変化する視覚環境の中から容易に自身の行動目標と一致する情報を検出できますが,生まれてすぐの乳児も同じようにできるのでしょうか。研究成果の一つとして,乳児が100msという短時間でも複数の風景画像の中から個人の顔を検出し,同定できることがわかりました。

また,最近はトップダウンの認知処理の発達についても興味があり,これまであまり議論されてこなかった「意識」の発達過程について明らかにしていきたいと考えています。

Profile─鶴見 周摩(つるみ しゅうま)
中央大学大学院文学研究科心理学専攻博士後期課程に在学。日本学術振興会特別研究員DC1。専門は知覚心理学,発達心理学。論文は「Rapid identification of the face in infants」(共著,Journal of Experimental Child Psychology)など。

つるみ しゅうま

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