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巻頭言

心の不思議を解き明かす探究の旅

IPU・環太平洋大学 教授/お茶の水女子大学 名誉教授
内田 伸子(うちだ のぶこ)

旅のはじまり 高3の夏,ソシャールの『人間の生物学』のまえがき「人間に興味を抱く人々は,あらゆる思想的立場を離れて客観的な生物学的人間像を理解するべきだ」を読み,脳科学か心理学を学びたいと思った。お茶大のゼミでヴィゴツキー『言語と思考』に出会い,「話すこと」と「考えること」を繋ぐ精緻な論考に衝撃を受けた。Bartlett, Rememberingを読み,語りや想起のメカニズムを実験心理学の方法によって明らかにしたいと思うようになった。また,フランクル『夜と霧』を読み,強制収容所で生き残れたのは想像力が豊かな人々であることを知った。大学院では,実験心理学者の藤永保教授の薫陶を受けてことばと認識,創造的想像力の関係を明らかにする探究の旅に踏み出した。

山あり谷ありの景観を楽しみながら 一橋大学社会学部助手に着任して,子どもの物語の創造,作文の産出過程,会話行動の性差研究,脚本読解中の感情の変化などの研究を進めた。30歳で藤永教授から「お茶の水女子大学の教員は男性ばかり。大学院を修了しても教務補佐に就けるのがせいぜいというのは問題だ。女性も常勤職に就けるモデルになってほしい」と声をかけていただき,母校に着任した。大学院大学にポストを得たことで研究と教育の両立が可能となったのは誠に幸いであった。この間,スタンフォード大学で様々な母語の子どもの英語習得過程の差異やコミュニケーションスタイルの違いを明らかにすることができた。私が拠点リーダーとして大型研究費(約1億/年,10年間)をいただけたおかげで,国内外の大学院生を育てることができた。また「リテラシーの獲得に及ぼす文化・社会・経済的要因の影響」について日韓中越蒙の国際比較縦断追跡研究に取り組むこともできた。

旅のしめくくりに ヒトは長い進化の末に遺伝子の呪縛から脱することに成功した唯一の種である。遺伝子の呪縛とは「争え,奪え,縄張りを作れ。そして自分だけが増えよという利己的な命令」(福岡伸一,2016)である。しかしながらわれわれ人間は,争うのではなく協力し,奪うのではなく分け与え,縄張りをなくして交流し,自分だけの利益を超えて対話し絆をつくることができる。人間は創造的想像力を発揮し「自然知能(NI)マインド」を最高水準にまで極めた。自然知能はNI特有の力─「クリエイティビティ」「ホスピタリティ」「マネージメント」─を創り出す。心の不思議を探る旅をしめくくる時が近づいた今,AIに負けない子育てや保育の普及に取り組んでいる。

内田伸子

Profile─内田 伸子
お茶の水女子大学文教育学部卒業。同大学院修了。学術博士。お茶の水女子大学文教育学部専任講師,助教授,教授,子ども発達教育研究センター長,理事・副学長を歴任し,2019年より現職。専門は発達心理学,言語心理学,認知科学,保育学。著書は『発達の心理』(サイエンス社),『子どもの見ている世界』(春秋社),『高校生のための心理学講座』(共編,誠信書房),『女性のからだとこころ』(編著,金子書房),『世界の子育て格差』(共編,金子書房),『子どもの文章』(東京大学出版会)ほか多数。

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