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【小特集】

注意の向け方の発達と文化

先崎 沙和
ウィスコンシン大学グリーンベイ校心理学部 准教授

先崎 沙和(せんざき さわ)

Profile─先崎 沙和
2013年,アルバータ大学心理学部文化・社会心理学博士課程修了(Ph.D)。アルバータ大学心理学部講師,ウィスコンシン大学グリーンベイ校心理学部助教を経て,2018年より現職。専門は文化心理学。著書はThe handbook of culture and psychology, 2nd ed.(分担執筆,Oxford University Press)など。

日本語では「注意を向ける」という意味で,「気をつける」という言葉が使われます。英語でも"Eyes are the window to the soul"[目や視線の向け方が魂を映し出す]と言います。これらの言葉のように,注意の向け方と発達を研究することで,「心」のあり方が理解できるのではないかと考え,私は研究を行っています。

自分自身の注意の向け方について,日々の生活の中で意識することはあまりありません。例えば,車の運転の練習では車内の細部や様々な点に注意を向けていても,慣れるに従い,運転中には他のことを考えていることも多いでしょう。このように,私たちはあまり意識せずに,目や耳から入る情報から必要な情報を選択し,注意を持続したり,転換したりしながら生活しています。注意の発達は,その他の様々な認知機能と関わる基盤とされています。本稿では,基礎的な認知機能とされる注意の発達が,それぞれの人が生まれ育った文化によってどのように影響されるのかについて,特に視覚的注意に焦点を当てた研究を紹介します。

注意の向け方の文化差

文化心理学の研究では,注意の向け方に文化の差があることを明らかにしています。これらの研究の多くは,主に日本,中国,韓国を含む東アジア圏と,アメリカ,カナダ,イギリスを含む欧米圏の成人を対象に行われてきました。日本の社会では,周りに注意を払うことが望ましいと考えられます。もちろん,欧米やその他の国々でも,周りに注意を払うこともありますが,その程度に文化の差があります。例えば,他者の感情を読み取る課題で,日本人の4歳児は,アメリカ人の子どもに比べ,絵の中の登場人物が置かれている背景状況(誕生日会,平凡な部屋など)によって判断が変わる傾向があります(Kuwabara et al., 2011)。また,中央に位置する対象人物の表情を判断する課題(図1)でも,日本人の4〜9歳児は,カナダ人に比べ,対象人物以外のグループの表情に影響されやすいことが示されています(Senzaki et al., 2018)。これらの研究は,日本人の子どもが背景情報を考慮する傾向があるのに対し,北米人の子どもは対象人物に注目して,感情や性格は個人に帰属すると考えやすい傾向があることを示唆しています。

図1 中央の子どもの表情を判断する課題(Senzaki et al., 2018)
図1 中央の子どもの表情を判断する課題(Senzaki et al., 2018)

注意の向け方の文化差は,人物を対象とした刺激以外でも検証されています。例えば,注意の向け方の文化差を調べるために作られた線と枠課題は,四角い枠と一本の線の図(図2)を見た後,違う大きさの枠の中に,絶対的又は相対的な方法で線を引く課題です。絶対的課題では,前に見た枠の中の線と全く同じ長さを,相対的課題では前に見た枠と線の長さが同じ比率になるように,線を引きます。すなわち,絶対的課題では,枠に注意を向けず,線の長さだけに注意を向ける必要があるのに対し,相対的課題では枠と線と両方に注意を向ける必要があります。先行研究では,6〜13歳児や成人において,日本人のほうが絶対的課題にエラーが多く,アメリカ人のほうが相対的課題にエラーが多いことがわかっています(Duffy et al., 2009)。またエビングハウス錯視という,二つの円の大きさを比べる際に周りを囲む円との相対的な大きさにより起こる錯覚を用いた実験でも,日本人の成人と子どものほうが,アメリカ人やイギリス人の参加者より,周りの円に影響されやすいことが示されています(Imada et al., 2014)。このように,人物の刺激だけでなく,無機質な刺激や動物を用いた写真など,様々な課題において,日本を含む東アジア人は対象の背景や文脈に注目する傾向が見られ,欧米人は対象に焦点を当てる傾向があります。

図2 線と枠課題の例と絶対的,相対的判断課題の答え
図2 線と枠課題の例と絶対的,相対的判断課題の答え

注意の向け方の発達

では,それぞれの文化圏で見られる特有の注意の向け方は,子どもの発達の過程において,いつどのように会得していくのでしょうか。前に述べたように,対象人物の感情判断やエビングハウス錯視などの,行動指標を用いて文化の差を調べた研究では3〜4歳頃から徐々に文化差が現れることが示されています(Imada et al., 2014;Kuwabara et al., 2011)。しかし,文化差が現れる年齢は,実験の課題によって違います。例えば,線と枠課題を用いた実験では,4〜5歳児の比較では文化差が現れず,6〜13歳頃に文化差が現れました(Duffy et al., 2009)。また,子どもの返答や行動から推測されるデータではなく,眼球運動測定器により視線の向け方を直接的に調べた実験では,24ヵ月未満の乳児期から文化差が現れることを実証している研究もあります(Göksun et al., 2011)。刺激や課題によって文化差がいつ現れるのか,まだ明確な答えが出ておらず,今後の研究を進めていく必要があります。

近年の研究では,文化特有の注意の向け方の会得の過程も調べられています。例えば短いアニメーションを見た後に,何が映っていたかをできるだけ詳しく思いだす課題があります。日米の4〜9歳の子どもとその親が,一緒に会話をしながらこの課題を行ったところ,北米人の親は中心的な対象について詳しく言及するのに対し,日本人の親は背景情報にも詳しく言及する傾向がありました(Senzaki et al., 2016)。また7〜9歳の子どもは,親と同じパターンの文化差を示しましたが,4〜6歳の子どもには,文化差は見られませんでした。このように親子間のコミュニケーションや,その他の社会的相互作用が,注意の向け方の認知発達に及ぼす影響を明らかにしていくことで,文化差の起源の考察を深められるのではないでしょうか。

おわりに

文化の影響を考える時,服装や,芸術など目に見える違いを思い浮かべることが多いでしょう。目には見えない,自分の考え方や注意の向け方が,文化に影響を受けている可能性を感じることはあまりないかもしれません。本稿では,基礎的な認知プロセスである注意の発達が,どのように文化によって形成されているのかについて検証するため,比較文化研究を紹介しました。しかし,どちらの文化が優れているという比較ではありません。他文化で生まれ育った他者と関わりを持つとき,目に見えない文化差が生じたときに,理由がわからずに,違和感を覚えることもあるかもしれません。しかし,異なる文化を受け入れ,多文化共生社会を築くためには,自分の生まれ育った文化が一つの正しい基準ではなく,様々な文化の中の一つ,という考えを意識的に育む必要があると言われています。文化の多様性を認識するためにも,注意の発達の比較文化研究は重要であると考えています。

文献

  • Duffy, S., Toriyama, R., Itakura, S., & Kitayama, S.(2009)The development of culturally contingent attention strategies in young children in the U.S. and Japan.  Journal of Experimental Child Psychology, 102 , 351-359.
  • Göksun, T., Hirsh-Pasek, K, Golinkoff, R. M., Imai, M., Konishi, H., & Okada, H.(2011)Who is crossing where?: Infants’ discrimination of figures and grounds in events.  Cognition, 121 , 176-195.
  • Imada, T., Carlson, S. M., & Itakura, S.(2013)East-West cultural differences in context-sensitivity are evident in early childhood.  Developmental Science, 16 , 198-208.
  • Kuwabara, M., Son, J., & Smith, L. B.(2011)Attention to context: U.S. and Japanese children’s emotional judgments.  Journal of Cognition and Development, 12 , 502-517.
  • Senzaki, S., Masuda, T., Takada, A., & Okada, O.(2016)The transmission of culturally dominant modes of attention: parent-child joint description activities in Canada and Japan. PLoS ONE 11(1).
  • Senzaki, S., Wiebe, S. A., Masuda, T., & Shimizu, Y.(2018)A cross-cultural examination of selective attention in Canada and Japan: The role of social context.  Cognitive Development, 48 , 32-41.

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