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私の出前授業

高校生のための心理学講座 @江戸川大学

福田 一彦
江戸川大学社会学部 教授

福田 一彦(ふくだ かずひこ)

Profile─福田 一彦
1988年,早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。1989年,東邦大学医学部より医学博士の学位取得。福島大学教育学部講師,助教授,教授,同大学共生システム理工学類教授を経て,2010年より現職。江戸川大学睡眠研究所所長,同大学総合情報図書館長を兼任。専門は精神生理学・睡眠心理学。著書は『「金縛り」の謎を解く』(PHPサイエンス・ワールド新書),Sleep Onset: Normal and Abnormal Processes(分担執筆,APA)など。

隠しテーマは「睡眠心理学」

2018年10月14日(日)に江戸川大学において「高校生のための心理学講座」を開催いたしました。本学で開催したのは,2018年度から「高校生のための心理学講座」が公募制になったのを知ったことがきっかけです。江戸川大学の広報という側面がなかったとはもちろん言いませんが,もう一つ大きな動機づけとしては,高校生に,マスコミなどから伝わる「偏った」心理学のイメージを払拭し,実際に行われている研究の姿を知ってほしいこと,さらにその中でも,特に睡眠に関する心理学的な研究について知ってほしいことでした。

これをお読みの心理学の研究者の中にも,なんで「睡眠」なんて「偏った」心理学を紹介するのか,とお思いの方もいらっしゃるのではないかと思います。しかし,世界的に見れば,睡眠研究に占める心理学者の割合は決して低くありません。また,大学の定番の教科書(たとえばヒルガードの心理学)にも,必ず「意識」の章があります。私がここでいう「意識」は,小難しい「意識」のことではなく,「意識水準」のことです。そこでは,誰でも殆ど毎日体験している意識低下の状態である「睡眠」が解説されているのです。日本の心理学科の学生で,睡眠段階について答えられる学生がいったいどのくらいいるのでしょうか。日本の心理学は,大脳皮質で行われている処理か,せいぜい,大脳辺縁系か視床下部の感情に関わる処理だけしか扱わない場合が多いのではないでしょうか。しかし,もっと基本的な脳部位である脳幹の働きによって脳の活動は最も大きなインパクトを受けます。なにしろ眠っちゃったら「心」もクソも有りません(失礼)。

それほど,心の活動に激烈なインパクトを与える現象になぜ心理学者が興味を持たないのか不思議で仕方がありません。不適切な睡眠(短すぎる,夜更かし朝寝坊,分断されている等)をとることで,日中の認知活動はおおいに阻害されます。

認知研究をされている先生方!学生の睡眠覚醒リズムを制御して実験されていますか?うまく結果が出ないのは,日中の覚醒状態が阻害されている(世界で最も睡眠時間の短い)日本人の大学生を対象としているからかもしれませんよ!

臨床心理学の先生方,文科省の調査に対して不登校経験者が答えた不登校のきっかけの第1位は「友人との関係」でした。予想通り,ですか。では,2位はなんでしょうか? 「先生との関係」?「親との関係」?いやいやいや,2位は,「生活リズムの乱れ」なんです。うつ病者は眠れないということはよく知られています。だからうつになると不眠がおまけでついてくると思っている方も多いと思います。しかし,うつが始まる前に,不眠が始まる人が,うつ病者の半数近くいるのをご存知でしょうか。大学時代に不眠を経験した人とそうではない人を約40年間追跡した研究があります。40年間のうつ病の累積発症率は,不眠経験者はそうでない人の3倍以上にもなります。

ということで,睡眠と心理学は非常に密接な関係にあります。そこで,「高校生への心理学講座」を「睡眠」を隠しテーマとして開催させていただきました。以下,登壇いただいた先生方の講義の抄録を,実際の講義順に掲載します。

「眠りの発達心理学」(明治薬科大学・駒田陽子先生)

私たち人間は,朝目覚め,昼間活動し,夜眠ります。でも,生まれたばかりの赤ちゃんの頃は,数時間おきに眠ったり起きたりを繰り返していました。私たちの体の中には,時計が備わっていて,その生体時計は年齢とともに変化をするのです。高校生のみなさんの生体時計はどうでしょうか。勉強やスポーツなど高校生活の土台となる眠りについて,発達という観点から考えてみたいと思います。

「寝不足の生理心理学」(江戸川大学・浅岡章一先生)

寝不足は様々な心理的問題を引き起こします。そのメカニズムを理解するには,我々の「こころ」が主に脳の活動によって生じていることをおさえておく必要があります。そこで,この講義では,まず「こころ」と脳の活動との関係について説明します。そして,その脳の活動に対して寝不足がどのように影響するかを説明しながら,睡眠の乱れが引き起こす様々な問題について考えていきたいと思います。

「不眠の臨床心理学」(江戸川大学・山本隆一郎先生)

きちんとした生活習慣を心がけても「眠れない」という悩みを抱える方は少なくありません。そのような方は,もしかすると,良かれと思って睡眠のためにしていることが,かえって逆効果になっているかもしれません。「眠れない」という悩みがどのように始まり,続いてしまうのか?どのようにしたら改善できるのか?について科学的な根拠に基づく心理療法である認知行動療法の立場から解説したいと思います。

「金縛りの精神生理学」(江戸川大学・福田一彦)

金縛りは「霊」の仕業か? そんなことはありません。生理学的にほぼ100パーセント説明できる睡眠関連現象です。一見すると不思議な現象でも科学の研究の対象となり,客観的な事実を基に理解することができるのです。金縛りは世界中に存在し,魔女のせいや宇宙人のせいにしている国もありますが,基本的な身体症状は全く共通です。不思議現象を科学的に研究する楽しさと物事を客観的論理的に考える大切さを学びます。

「夢見の認知心理学」(文教大学・岡田斉先生)

夢についての心理学での研究は,夢には隠された意味があると考える精神分析,REM睡眠に焦点を当て脳内メカニズムを探究する研究,の二つの流れが主流でした。しかし,近年そのどちらでもない認知心理学的観点からの研究が見られるようになってきました。この講義では「夢は見るものなのか? 色つきの夢を見る人は?」という認知的な疑問を例に取り上げ,研究の面白さを伝えたいと考えています。

いかがでしょうか。手前味噌ではありますが,面白そうでしょう。当日は,これら講義に加えて,昼休みに「睡眠実験室の見学」も行いました。高校生の皆さん,保護者の方々,そして認定心理士の方々にも参加していただきましたが,アンケート結果から皆さんに非常に好評だったことがうかがわれ,企画者としてはとてもありがたく思いました。今回の企画にご協力いただいた先生方,参加してくださった皆様,そして,このような機会を与えていただいた日本心理学会の関係者の皆様に感謝したいと思います。ありがとうございました。

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