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裏から読んでも心理学

一日限りの恋だった。

慶應義塾大学文学部 准教授

平石 界

ヒト以外の動物の行動や認知を研究されている方々には対象動物への愛が半端ない人が多く,そこら辺がサピエンスの研究者と大きく違うところだなぁと思うわけです。鳥類の研究者が「鳥あたまという表現はですね……」という苦言でプレゼンを始める現場に立ち会ったことは数知れず,昨今ではタコを語る哲学書も話題となりました(ゴドフリー=スミス,2018)。アリも粘菌もなかなかやるもんだとも言いますし,そういう話に日常的に接しているからそれほど偏見はないと思っていたんですが,やっぱり世の中,知らぬがIAT。舐めていたんですね。何がって魚です。子育てする種がいるくらいのことは知ってました。兄姉が弟妹の世話をする種がいるって話も,そう言えば聞いたことがあったかもしれない(Taborsky & Limberger, 1981)。でも個体識別となると話は別です。なにそれ聞いてない。

シクリッドという魚なのですが,顔に模様のある種がいます。これなんだろう。模様のない種もいるってことは,何か意味があるのだろう。そりゃ顔で互いを見分けているんじゃないの? それくらいは素人でも思いつきます。そこから先が愛あってこその領域。目つきや体つきじゃなくて「顔」で見分けている証拠がほしい。実験参加魚に,まずA魚と近所付き合いしていただきましょう。それからA魚と,余所者のB魚の写真を撮って,Aの顔をくり抜いてBの顔を貼り付けた画像と,その逆パターンの画像をつくって参加魚に見せます。体がAでも顔がBだと「なんだおまえ,だれやねん」とばかりに攻撃したそうで(Kohda et al., 2015)。よし,それなら次は顔を上下逆さまで見せてみよう。倒立顔効果ですね。逆さまにすると見知った顔でも分からなくなるっていう。羊だってそうなんだから,シクリッドがそうでも変じゃない。結果は言うまでもなくポジティブ(Kawasaka et al., 2019)。まとめてしまうとシンプルに聞こえるかもしれませんが,読むとネタ満載な論文で,魚は正面から向き合うのになぜ模様は顔の横にあるんだ? と熱く論じていたり,水槽の石などで作った国芳みたいな魚顔を魚に見せてみたり,2015年や2019年の論文なのに画像加工に使ったのがパワポ2008だったり,紙幅に限りがあるのが本当に残念。

左様に十分な衝撃を受けたんですが,実はまだ魚を舐めていました。まぁタンガニーカ湖のシクリッドだもんね。アフリカ大地溝帯なんだし個体識別くらい進化しててもしょうがない。ところがメダカもそうだっていうんです。論文内でmekada fishってタイポを見つけて「すわ,違う魚か」と色めき立ちましたが,一箇所だけだからやっぱりメダカでしょう(Wang et al., 2017)。自分が学会で知らない(はず)の人からとても自然に話しかけられて,内心の焦りを必死に隠しつつ,いかに気づかれずに名札を盗み見るか,ああ眼鏡の度が合ってないな良く見えないと呻吟しているその間にも,あのチッコイ魚が個体識別していたなんて。大いに傷ついたのでした。

会場で焦り心に傷を負ったことのある読者は少なくないでしょうから,最後に少々の慰めを。シクリッドは縄張り争いの話だったんですが,メダカの個体識別は男女の話でした。共に過ごした時間が長いほど,メスはオスに心を許すのだそうです(過度な擬人化)。どれくらいかっていうと3時間。それで仲良しになる。ところが24時間も離れてると元の木阿弥。あんたなんか知らない,なんなのその求愛行動?ってなるようで,そりゃ1年ぶりに学会会場で会っても,ねぇ。ほんとごめんなさい。

Profile─ひらいし かい
慶應義塾大学文学部 准教授
東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。東京大学,京都大学,安田女子大学を経て,2015年4月より現職。博士(学術)。専門は進化心理学。

平石 界

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