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この人をたずねて

佐藤 寛 氏
関西学院大学文学部 教授

佐藤 寛 氏(さとう ひろし)

Profile─佐藤 寛 氏
2006年,筑波大学大学院人間総合科学研究科博士課程修了。博士(心理学)。専門は臨床心理学,認知行動療法。著書は『なるほど!心理学観察法』(編著,北大路書房),『ガードナー臨床スポーツ心理学ハンドブック』(監訳,西村書店),『学校でできる認知行動療法』(共著,日本評論社)など。

佐藤先生へのインタビュー

インタビュアー:しらい まりこ

─佐藤先生がこれまで取り組まれてきたご研究について教えてください。

現在まで取り組んできた研究としては大きく三つあります。一つ目は,児童期のうつについてです。学部生のころから,児童期,主に小学生のうつについてメインで研究をしてきました。子どものうつに対する認知行動療法(Cognitive-Behavioral Therapy: CBT)についての基礎研究と,その知見を応用した介入プログラムを作成し,介入研究を行いました。二つ目は,アメリカでの留学をきっかけに,児童と介入方法は同様ですが,主に大学生を対象としたCBTについての研究を行っています。三つ目は最近取り組み始めた,就学前の子どもを対象とした親子相互交流療法(Parent-Child Interaction Therapy: PCIT)の研究です。対象としては,うつではなく発達障害の子どもがメインになりますが,そうした子どもと関わる大人も,ともに介入を行うというものです。

─先生がご研究を始められたきっかけはどのようなものでしょうか。

もともと臨床心理学に興味があったのですが,学部生のころに子どものうつについての記事を読んだことがきっかけです。そこで,子どもにうつがあることが衝撃でした。そんなものが本当にあるのか,本当にあるのであれば,やりがいがあるなと感じました。調べてみると文献数が限られており,当時は苦労しましたが,まだまだ研究できる余地があるのではないかと思い,取り組み始めました。

─研究を始められた当初の先生のように,私にとって子どものうつは成人のものよりイメージがしづらいです。何か違いがあるのでしょうか。

診断基準は,ほとんど成人と変わりません。ただ,特徴的な点としては,楽しさや活動性が減退するという症状が,抑うつ気分の症状よりも頻繁にみられる点です。明らかに落ち込んでいるといった一般的なうつのイメージよりも,やる気がないと誤解されやすいケースが多いです。そもそも子どものうつはないか極めて稀だといわれてきたので,最近まで子どものうつ病はなかなか認知されていませんでした。2004年に学会で小学生の抑うつ症状のデータを発表したときは,取材がたくさん来ました。

─凄いですね!

当時はそれだけ意外性があったということだと思います。現在は少し変わってきていて,子どものうつに関してはある程度認識されてきたように思います。また,うつ病の場合は,発達障害や自閉症の子どもたちとは違って,クラスの中であまり目立たないケースも珍しくありません。思春期の問題として片付けられてしまうなど,見逃されることがより多いので,子どものうつは,「見ようとしないと見えない」ものです。

─CBTの魅力はどういったものがありますか。

始めた当初は,治療効果に関するデータがいちばん揃っていたという点が魅力でした。現在いちばん治療効果のある・可能性のあるものを学びたいと考えていました。実際に行っているうちに面白いなと思ったところは,CBTは現実主義的で実際に効果を上げるものを利用していこうとする実践的な手法であるという点です。よく,CBTはツールボックスに例えられるのですが,コースメニューというよりは,アラカルトメニューに近いです。

─アラカルトメニューですか?

CBTはコースメニューのように,どのクライアントに対しても決まりきったプログラムを提供すると思われていることがよくあるのですが,実はそういうわけではありません。実際には,アラカルトメニューのように,様々なメニューをクライアントに合わせ,組み合わせながら介入を行っていくものです。CBTのツールボックスの中から,比較的柔軟に,自由に介入を行えるところは魅力的です。

─CBTの中で,感情はどのように扱われていますか。

CBTでは個人の体験を,認知,行動,感情,身体反応の四つに分けることを定石としています。でも,誰も認知行動感情身体反応療法とは呼ばないですよね(笑)。この四つは相互に絡み合いながら,複雑にループしています。どこかが変わればそれが突破口になり,悪循環から抜け出すことができる。これを狙うのがCBTです。認知と行動は,このループの中でも比較的変えやすい側面だといわれています。なので,実際には感情のアセスメントもしますし,小学生のうつ病の介入プログラムでも感情的な体験を言葉にするという練習をはじめに丁寧に行っていきます。最初は自分自身の感情状態を認識できない人も多いです。「分からないことが分かるようになる」というのは,とても良いことで,CBTのプログラムでも初回に心理教育を行うことが定番ですが,今まで悩んでいたことに名前がつけられて,これからの進む道という見通しを持てることが安心につながるのではないかなと思います。

─実際のクライアントとお話をする際に気をつけておられることはありますか。

相手の体験に寄り添いながらお話を聞くということが基本になると思います。研究者としての眼で見るときは,母集団を想定し,データを扱うので条件間の比較を重要視すると思います。一方,臨床では条件間や個人間の比較が優先ではなく,一人一人の目線からスタートするので,徹底してクライアントの目線に立つことが大切です。もう一つ大事なことは,自分自身も気持ちを持った人間なのだということを知っておくことです。深刻な相談事というのは,聞いたほうにも動揺が生まれます。そうすると,なんとかしてこの場を終わらせたいと思って,ごまかすようなことを言ってしまうかもしれません。深刻な問題は避けたいと思う衝動に駆られることは,自分自身も人間なのだから当然なのだということを,きちんと頭の中に入れておくことが大切だと思います。

─最後に,若手研究者へのメッセージをお願いします。

自分自身の大学院生時代やポスドク時代を振り返って思うことですが,心理学の若手のキャリアの歩み方は,時代を経て変わってきたなという印象があります。情報の発達も目覚ましく,いろいろな人とコミュニケーションをとることが以前よりもずっと簡単になり,できることが増えていると思います。これは今後も非常に強力な道具になると思います。先人たちの声を真摯に聞いて,それを一度自分のものにしたら,今というこの時代を生きていることを強みにして,これまでとは違ったことに挑戦してみることもまた,時代の流れに沿った取り組み方のように思います。不安もあると思いますが,ぜひ今だからこそ享受できる不確定性を楽しんでください!

インタビュアーの紹介

インタビュアー:しらい まりこ

インタビューを終えて

2019年4月に開設されたばかりの心理科学実践センターでお話を伺うことができました。佐藤先生にお会いするのは初めてでしたが,先生の柔和な雰囲気のおかげで楽しくインタビューをさせていただくことができました。インタビュー中には,講義時の資料を見せながらご説明くださったり,センターの施設を見学させてくださったりと,大変貴重な経験をすることができました。佐藤先生は,研究者としても,実践家としても両方の眼をお持ちで,まさに基礎と臨床を繋ぐご研究や実践をなされており,その姿勢に直に触れることができ,強く感銘を受けました。

現在の研究テーマ

私はこれまで悲しみの感情を中心に研究を行ってきました。悲しみといえども,死別のようなあるものを喪う悲しみと,失敗のような手に入れたかったものが手に入らなかった悲しみでは,それぞれ異なるタイプの悲しみであることが示されています。現在は,悲しみをどのようにすれば効果的に癒すことができるか,記憶や身体表現の観点から明らかにする研究に取り組んでいます。

今回,佐藤先生のお話を伺う中で,私自身は基礎研究の観点から,いつか実際の臨床場面に応用できるような,そして今の時代に生きているからこそ取り組める研究を行っていきたいと強く思いました。

Profile─しらい まりこ
同志社大学心理学部助教。2017年,同志社大学大学院心理学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。専門は感情心理学,精神生理学。論文は「Knowledge of sadness: Emotion-related behavioral words differently encode loss and failure sadness」(共著,Current Psychology)など。

しらい まりこ

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