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ここでも活きてる心理学

発達支援の現場で活用される心理学

株式会社エルチェ 発達療育レンテ市川

近藤 鮎子(こんどう あゆこ)

Profile─近藤 鮎子
慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。臨床発達心理士,保育士。未就学児対象の個別療育プログラムの作成や支援者の育成を行っている。専門は応用行動分析学,発達心理学。

その子の好きな遊びの中で必要な練習を重ねていきます。
その子の好きな遊びの中で必要な練習を重ねていきます。

私は,児童福祉法に基づく障害児通所支援事業の一つである児童発達支援事業所で働いています。弊社では,心理学,特に応用行動分析学(Applied Behavior Analysis:以下ABA)と発達心理学の理論に基づいた個別療育を未就学のお子さんに提供しています。以前は,ABAの個別療育を受けようとすると費用は全額ご家族の負担となり,月謝はとても高額でした。現在,障害児通所支援事業の範囲で行われる療育は原則費用の9割が自治体の補助で賄われます(ただし,基礎とする理論や療育内容は会社や事業所によって違います。ABAに基づいた療育を提供する事業所はまだそれほど多くはありません)。また2019年10月より幼児教育・保育の無償化で児童発達支援も対象となり,3歳〜6歳のお子さんはさらに少ない負担でサービスを受けることができるようになりました。

「目が合わない」「呼びかけても応答がない」「ことばが遅い」「かんしゃくが強く頻発する」など,通われるきっかけやお困り事は多岐にわたります。最近では発達障害に関する情報の広がりに伴って2歳や1歳から通われてくる方も増え,ニーズはさらに多様化しています。私の主な仕事は,①お子さんの全般的な発達の様子や日常生活の在り方,ご家族のニーズ等をアセスメントし,一人ひとりに合わせたプログラムを作成すること,②ご家族に対するご説明や情報提供,ご家庭での過ごし方の提案を行うこと,③実際にプログラムを提供する支援者を育成すること,の三つです。いずれの仕事も,大学や大学院で得た心理学の知識や,研究実践の経験をフル活用して取り組んでいます。しかし,臨床現場・福祉の現場での意思決定は,制度や法律・医療や教育・他機関との連携など他にも多くの要素を含んでいます。勉強不足,力量不足を痛感することばかりですが,お子さんの成長をご家族と共有し喜ぶことができる贅沢な仕事でもあります。

ABAは「こころ」を直接扱わず,行動の予測と変容技術によって人を助ける心理学です。行動が生じた理由を,その人個人の気持ちではなく,それまでの環境との相互作用の産物として捉えます。そのため「こころ」を無視した冷たい理論,人を型にはめようとする理論のように思われがちなのですが,そんなことはありません。むしろ逆に,個人差を大切にし,その人の好きなもの,得意なことや苦手なことなどを知ろうとします。利用者も支援者も共に楽しみながら,充実したやりとりを積み重ねることがとても重要です。そうした相互の信頼関係の上でこそ,体系化された知識と技術が最大限の効果を発揮するのだと思います。

行動の原因をその人のせいにしなくていい。環境を工夫して相互作用を改善させれば,人はもっとポジティブに,ダイナミックに変化する。ABAの理論を通して,そんな実践と数多く出会ってきました。「学び手は,常に正しい」という信念。それはとても優しく,力強い人間科学です。発達支援の現場だけでなく,人をサポートする全ての現場で活用されています。人の幸せに寄り添い,困っている人を助け,人と人とを繋ぐ。多様性の時代を生きる上でさらに必要とされてくるであろうこの学問を今後も大切に実践していきたいと思います。

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