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  5. 古典的実験機器はどのように使われていたか(2) ─反照検流計の場合

古典的実験機器はどのように使われていたか(2) ─反照検流計の場合

吉村浩一
法政大学文学部心理学科 教授

吉村浩一(よしむら ひろかず)

Profile─吉村浩一
京都大学大学院教育学研究科教育方法学専攻博士課程満期退学。京都大学教養部助手,金沢大学文学部講師,助教授,明星大学人文学部教授を経て,2003年より現職。専門は知覚・認知心理学。著書は『運動現象のタキソノミー』,『逆さめがねの左右学』(いずれもナカニシヤ出版)。

写真1 『実験心理写真帖』(1910, 弘道館)に第二十九図として掲載されている生体電流量の変化を測定する実験の様子
写真1 『実験心理写真帖』(1910, 弘道館)に第二十九図として掲載されている生体電流量の変化を測定する実験の様子
写真2 関西学院大学に残る反照検流計(KG00010)
写真2 関西学院大学に残る反照検流計(KG00010)
写真3 鏡が入っている反照検流計の中央部の拡大写真
写真3 鏡が入っている反照検流計の中央部の拡大写真
写真4 関西学院大学に残るランプスケール(KG00012)
写真4 関西学院大学に残るランプスケール(KG00012)

検流計とは,一般的には物理学で用いる測定器ですが,生理学や心理学でも,生体に流れる微弱な電流を測定するため,かなり以前から使われてきました。その際には,微弱な電流を捉えるため,高い感度と精度が求められます。19世紀後半に,医師であり物理学者であったフランス人のダルソンバール(J-A. d'Arsonval)が,微細な直流電流が流れると可動コイルが反応することを利用して,回転軸の先端に付けた針の振れで電流量を測定する装置を開発しました。針の代わりに鏡を用いたのが,今回紹介する「反照検流計」です。

写真1に,『実験心理写真帖』(1910, 弘道館)に掲載されている,注意や感情の状態に応じて変化する生体電流を測定する実験の様子を示しました。写真中のイが反照検流計で,『実験心理写真帖』には「ダルソンバール氏の反射電流計」と記されています。ガルバノメーターとも呼ばれるなど,この機器の名称にはいくつかバリエーションがあります。実験時には,この機器は単体でなく,ニやホなどと組み合わせて使われます。反射や反照という名前から,検流計についている鏡(この写真では中央付近のロの位置に小さな鏡があります)が筒状のニを光源とし,そこから鏡に向けられた光を反射し,ホの横長のスケール上に照射する仕組み,と思われるかもしれませんが,事実はその逆で,ニは光源ではなく望遠鏡なのです。観測者が筒の右側からのぞき込んで鏡に映るホのスケールのメモリを読み取る仕組みです。のぞき込む望遠鏡の窓の中央には縦線が引かれており,その線と一致するホのスケール値を読み取るのです。トは,ホのスケールを明るくして読み取りやすくするための明かりです。

さて,「歴史館」の「古典的実験機器」には,関西学院大学に保存されている感度と精度の異なる2台の「反照検流計」(KG00010とKG00011)が登録されています。これらに加え,「ランプスケール」(KG00012)も残っています。すべてが島津製作所製であることから,これらは組み合わせて使われていたものと推測できます。写真2には反照検流計の全体を,写真3には鏡が納まっている窓部分の拡大写真を,そして写真4にはランプスケールを示しました。

現存しているこれらの機器を見ていると,ある疑問がわきます。写真4のランプスケールは,半透明の磨りガラスに目盛りが刻印されています。先に,写真1のニは投光器ではなく望遠鏡だと説明しましたが,スケールが半透明であるのは,鏡を通して光をスケール上に投射し,そのスポット位置をスケールの裏側から読み取る仕組みと思わせます。文献を調べてみると,真島・磯部(1950)の『計測法概論』(コロナ社)に,「望遠鏡を用いるものとランプから出る光束を用いるものとがある」(p.210)とありました。ということは,写真1の東京帝国大学のものは望遠鏡式,関西学院大学に残るものは投光式と推測できます。

冒頭にも書いたように,反照検流計は主に物理学で使われていたもので,古典的物理機器を収集した学術資源リポジトリ協議会のデータベースには,旧制第四高等学校(現金沢大学)で使われていたダルソンバール検流計が何台か登録されています。現在は石川県立自然史資料博物館に収蔵されており,私も現物を見ましたが,そこには望遠鏡式のものと投光式のものがありました。また,国立科学博物館には,この原理を応用した地震計が展示されていますが,それは望遠鏡式です。ご覧になった方も多いと思いますが,フロイトに対するユングの葛藤を描いた『危険なメソッド』(2012年日本公開)という映画の中に,ユングが妻を被検者に連想法を行うシーンがあります。手のひらを丸い電極の上に置いた妻の心の動揺を捉えるため,投影機からのスポット光を鏡で反射させ半透明のスケール上に投影させていました。その光点を,実験助手を務めたこの映画の女主人公がカーソルを握った手で追尾し,その位置をカイモグラフに描かせるというシーンでした。写真4をよく見ると,木枠の左右両脇の上部に滑車が付いているのがわかります。追尾用のカーソルを動かすためのものだったのかもしれません。

KG00012を,私は「ランプスケール」と名づけましたが,それには次の理由があります。今回紹介した一連の装置を製造した島津製作所の『島津製作所物理学器械目録』(1922)の中に,製品番号1483 「ラムプ スケール 反射電流計用白熱電灯台」というものがあります。これは,投光用のランプと鏡から反射したスポット光を受けるスケールをセットにした装置です。これに倣い,「ランプスケール」と名づけました。

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